執筆者 | 加藤 隆夫 (コルゲート大学)/小川 博雅 (政策研究大学院大学)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス― |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト
本研究の意義
女性の活躍を阻む要因として、これまで以下の3つがしばしば議論されてきた。まず、長時間労働の規範である。日本で週50時間を超えて働く労働者の割合は22.6%に達し、これはOECD諸国の中で4番目に高い。長時間労働が規範として暗黙に求められると、時間制約の強い女性の就業継続が困難となる。2つ目に、「遅い昇進」と呼ばれるように、伝統的大企業では管理職の選抜が30代終盤から40代にかけてであり、女性が選抜の前に出産・育児を迎えると、管理職選抜から外れてしまうという指摘がある。3番目に家庭内労働の男女間での著しい不均衡である。社会生活調査によると、子供のいる共働き家庭で、妻と夫が行う家事育児の割合は、妻の5時間弱に対し、夫は40分程度であり、この女性に偏った家事育児負担が、長時間労働や遅い昇進の弊害を更に大きくしている。
本稿では、この3つの要因の間にどのような相互作用が働いているか明らかにすることで、女性の社会進出を容易にするより効果的な制度改革について有用なインプリケーションを導いた。
分析結果
企業側は従業員の能力、特に将来の昇進可能性についてより早い段階でフィードバックを返すことで、優秀な社員のコミットメントや長期就労を促すことが出来る。ただし、その場合、良いフィードバックを得られなかった従業員のやる気を喪失させるデメリットもあるので、より多くの社員のやる気を維持したい場合、フィードバックを行わない、つまり昇格、研修、職場配置で長期にわたり差をつけないという遅い選抜が最適となる場合がある。他方、長時間労働を厭わない社員は自らのコミットメントを長時間労働で会社にアピールする。したがって、企業は従業員の能力に関して収集した情報と労働時間でシグナルされた本人のコミットメントに基づき、トレーニングの量(研修や難しい業務への配置)を定め、そこで管理職に必要なスキルの取得に成功したものを管理職として昇進させる。
早い選抜(早期のフィードバック)は、出産育児を迎える前の女性への投資を増大させるので、優秀な女性のコミットメントと人的資本蓄積を高め、ひいては女性の管理職を増やすことにつながる。早い選抜と遅い選抜のどちらが企業にとって最適となるかは、(1)研修が優秀な人をより伸ばす選抜型か、質を均質化させる底上げ型か、(2)残業時間規制制度の内容、特にサービス残業が許容されているか、労働手当を受け取らない従業員(みなし労働、裁量労働制)がどの程度いるか、(3)時間的制約を受ける社員の比率がどの程度高いか、の3点に依存して決まる。
日本の現状は、(1)グローバル化で選抜型研修の比率が増している、(2)みなし労働、裁量労働制対象の社員が増えると同時にホワイトカラーエグゼンプションの制度導入も視野に入ってきている、(3)男性の育児参加や要介護親を持つ社員の増加によって時間的制約のある社員の比率は増大している、という上の3要因に対応する理由から、遅い選抜からより早い選抜への変化が一部企業で生じている可能性が高い(図参照)。特に女性社員に対し、早い時期でのフィードバックが企業にとって望ましいという理論的含意があり、それと整合的な実証結果が得られた。
政策インプリケーション
遅い昇進制度の下、出産で管理職選抜から外れる女性が多い現状を鑑みると、優秀な女性の登用、優秀な女性への人的資本投資の2点で過少登用、過少投資の非効率が発生している可能性が高い。女性の管理職を増やすためには、優秀な社員の登用を早める環境整備が効果的である。女性対象の研修あるいはメンター制度などへの支援は、女性の人的資本投資意欲を高めるだけでなく、企業側にも「早い選抜」への転換を促す。正社員の働き方改革や男性の育休取得促進策は、女性の柔軟な働き方を容易にする一方、男性にとっても「遅い選抜」制度のメリットを減少させることで、長期的には昇進制度や研修制度そのものを変えていく働きを持つであろう。