執筆者 | 川口 大司 (ファカルティフェロー)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)/高橋 主光 (九州産業大学) |
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研究プロジェクト | 企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス― |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト
本研究の意義
組織内で行われる人事考課は主観的評価であるため、多かれ少なかれ何らかのバイアスが存在する。人口動学的な属性の違いがどのようなバイアスを引き起こしているかについて、人種の違いによるバイアスに着目した数少ない欧米での研究を除いてはほとんど先行研究が存在しない。我々は、日本企業のデータを用いて、性別、家族構成、学歴、年齢などさまざまな属性の違いがどのようなバイアスを生じさせているか、8年間のパネルデータを用いて観測できない能力も考慮した厳密な分析を行った。最大の貢献は、理論に基づき、属性の違いが、単に一方向に平均値をずらす通常のバイアス(mean-shifting bias)のみならず、評価を過度に中心化させ、評価情報を劣化させる中心化バイアス(attenuation bias)を引き起こす可能性を指摘して、実際に実証したことである。こうした発見は、企業の評価制度や評価者研修の改善に役立つ。
分析結果
理論と実証の両面から次の3つの現象を予測し確認した。まず、同一職場(部署)での勤続年数が増えるに従い、より遠慮のない両極端の非常に良い評価と非常に悪い評価が与えられる確率が高まる。第2に、評価者と被評価者の家族構成、教育、年齢面での属性が近いほど、評価分布のバラつきは広がり、両極端の評価が出やすくなる。たとえば、子供のいない上司が子育て中の部下を評価する場合、子供のいる上司よりも中心化傾向が強い。このことは、子育て経験のないことが子供のいる部下の能力や貢献度を評価する上で不透明感をもたらしていることを意味する。第3に、上で確認された上司が部下の能力を学ぶスピードは、女性部下よりも男性部下に対してより速い。下図は、良い評価(A1以上)と悪い評価(A3以下)が増えるスピードが男女でどの程度異なるか比較したものである。
こうした中心化傾向の違いや従業員の能力学習(employee learning)の違いは、上司と部下の間のコミュニケーションやネットワークを通じた情報入手が、同一社会グループ内での上司部下の組み合わせにおいて最も頻度が高く情報も正確で、より思いきった評価につながりやすいという観察によって説明できる。他方、属性が同じもの同士でえこひいきが行われたり、属性の異なるもの同士で差別が生じたりする傾向はほとんど確認されなかった。唯一、一般社員で、年長の部下に悪い評価を与える確率が有意に低かったり、管理職社員で、同じ大学の同窓生である部下に対し悪い評価を与える確率が有意に低かったりといったバイアスが確認されたのみである。ただし、以上の結果は、属性の違いが職種の違いと相関しており、職種の違いが中心化傾向の違いや従業員の能力学習における違いをもたらしている可能性を否定できないため、その解釈には注意を要する。
政策インプリケーション
属性の違いが中心化傾向や能力学習スピードの低下をもたらしうることは、評価情報を用いて昇進昇格を判断する際には、若干の補正を必要とすることを意味する。つまり、多数派に属する社員と少数派に属する社員を比較してどちらを昇進させるべきか判断する場合、後者の評価にバイアスが生じている可能性を考慮に入れて判断すべきである。また、評価者研修において、属性の違いが中心化傾向を生む可能性を伝えることで、そうした部下に対しより積極的にコミュニケーションを取るよう指導することが望ましい。
特に、女性の評価分布が男性よりも中心に寄っているとすれば、昇格判断の閾値が平均を下回る際には(一般社員の低い階級の場合該当しやすい)女性の方が男性よりも有利となり、閾値が平均を上回る際には(管理職昇進の場合ほとんど該当するだろう)、女性が男性に比べ不利となることを意味する。女性社員の活躍支援策の効果を評価する際にも、男女の評価分布を注視することが必要であろう。