ノンテクニカルサマリー

資本収益率の低下と無形資産の役割

執筆者 宮川 努 (ファカルティフェロー)/滝澤 美帆 (東洋大学)/外木 好美 (神奈川大学)
研究プロジェクト 無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-」プロジェクト

近年の政策的課題の1つとしては、設備投資の減少が挙げられる。米国や主要なアジア諸国の成長会計と日本のそれを比較しても、経済成長率に対する資本の寄与分は日本が突出して低い。また2000年以降の景気回復局面と比しても、アベノミクスが始まった2012年末以降の設備投資の伸び率は、低迷を続けている。この資本蓄積低迷の要因の1つは、バブル崩壊後の資本の収益率の傾向的低下である(図1参照)。

図1:資本の収益率の推移
図1:資本の収益率の推移
出所)JIPデータベース2015より作成

本研究では、JIPデータベース2015を利用し、この資本収益率低下の要因をデータの観察および推計の双方から検討している。まずデータを見ると、資本収益率は、資本係数と資本分配率に分解できるが、資本係数が90年代以降大きく上昇し、資本分配率も最近期では90年代と同じ水準まで低迷している。この資本収益率を産業別にみると、全体的な低迷の中で、変動係数の上昇が見られ、かつマイナスの収益率となっている産業が増加している。特に資本係数の上昇が大きい非IT関連産業において収益率の低下が著しい。

このため産業レベルのデータを利用して、資本収益率低迷の要因を推計した。推計は基本的に資本収益率を被説明変数とし、実質賃金や生産性を説明変数とする要素価格フロンティアモデルを用いているが、資本収益率を上昇させる要因として、無形資産の効果に着目した。具体的には、IT投資やR&D投資、人材育成への投資を、生産性向上の要素として説明変数に加えた。推計の結果、人材育成投資が資本収益率の増加要因として有意になっていることが確認できている。しかしながら、人材への投資はバブル崩壊後大きく低下しているため、この投資の減少が資本収益率の低下に大きく寄与していると考えられる(図2参照)。

一方、本来は相乗効果が期待されるIT投資やR&D投資などの無形資産投資が資本収益率を上昇させる効果は、特に非IT関連産業で曖昧である。これはChun et al. (2015)で指摘したように、日本の組織が無形資産投資を有形資産の収益率の増加にうまく結び付けられない組織構造になっているためであると考えられる。

人材投資に関しては、本年2月から始まった若手人材育成事業による卓越研究員制度など評価すべき新たな制度もあるが、我々の推計結果は、ヒト・モノ・カネを一体化して支援する包括的なイノベーション支援制度が必要であることを示唆している。財務諸表で人件費・物件費・資本費を包括的に明示させ、その金額に対して支援をしていく方が、企業にとっては、それぞれの企業特性に応じた補完性の利用がなされるため有効であると考えられる。

図2:人材育成への投資の推移(単位:100万円)
図2:人材育成への投資の推移(単位:100万円)
[ 図を拡大 ]
出所)筆者ら推計