執筆者 | 牛島 辰男 (慶応義塾大学) |
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研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究 (第三期:2011〜2015年度)
「企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治」プロジェクト
事業活動に必要な資本をいかなる形で調達し、どのような資産として保持するかは、企業財務の根幹にある問題である。近年における日本企業の財務政策は、有利子負債への依存度(レバレッジ)の低下と現金をはじめとする流動性保有の増加という形で、大きな変化をとげてきた。だが、こうした変化が企業成長に持つ意味は十分に検討されていない。
この論文は企業の多角化と財務政策の関係に注目することで、企業成長と財務の相互作用について考察する。産業をまたぐ成長である多角化は、原資として財務的な裏付けを必要とすると共に、企業の財務政策を変化させる可能性がある。多角化企業はキャッシュフローを生み出す事業を複数持つため、ある事業のために調達された負債をその事業のキャッシュフローで返済できなくなった場合、他の事業のキャッシュフローを用いることで債務不履行を回避できる。また、ある事業で実施すべき投資をその事業のキャッシュフローで賄うことができない場合も、事業間の資金のやり取りで過少投資を回避することができる。こうした事業間のコインシュランスと呼ばれる効果が働くため、多角化は企業の最適レバレッジを高めると同時に、予備的な現金保有の必要性を低めると考えられるのである。
これらの効果が実際に観察されるか検討するために、2001年から2010年に株式公開していた日本企業をサンプルとする分析を行った。具体的には、企業の事業領域(セグメント)の産業構成を調整した超過負債比率と超過現金保有比率を作成し、それらを多角化企業と専業企業の間で比較した。これらの比率は企業の負債(現金保有)の総資産に対する比率が、同じ産業の専業企業の中央値のセグメント加重平均よりも高ければプラスの値をとり、低ければマイナスの値をとる。図が示すように、多角化企業の超過負債比率の中央値は一貫してプラスであり、逆に超過現金保有比率の中央値はマイナスである。こうした違いは、回帰分析により財務政策に影響する他の要因をコントロールしても見出される。多角化の結果として、企業の資本アクセスが向上し、財務政策が変化することを示唆する結果である。
こうした多角化と財務の関係性は、企業成長が付加価値や株主価値の増大といった質を伴ったものとなるために、コーポレートガバナンスの役割が重要であることを示唆している。ガバナンスが機能している場合、投資プロジェクトの選別に規律がもたらされるため、価値破壊的な企業成長は起こりにくくなる。このため、成長(多角化)と財務の間には持続性のある好循環が生まれると考えられる。逆にガバナンスが機能しない場合には、多角化による財務的な余裕が非効率な投資に浪費され、企業の財務基盤が損なわれてしまう懸念がある。負債の削減や現金保有の増加に象徴される日本企業の財務柔軟性の向上を、質の高い企業成長へとつなげるためには、ガバナンスシステムの一層の整備が重要である。