ノンテクニカルサマリー

中国大学新卒者の就職と初任給の決定要因について:個票データに基づく分析

執筆者 劉 洋 (研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本研究は、中国で新しい戸籍制度改革が推進された後のデータを利用した大学新卒の就職と賃金の決定要因についての初の研究となる。データは、オリジナルの調査から収集した個票データである。特に、ジョブ・サーチ行動が職探し成果に与える影響に重点を置いて検証を行った。

研究の背景として、中国で近年、大学の規模を拡張するという政策の下で、大学の新卒の数は7倍以上増加し、大学新卒の就職は重要な課題となった。大学新卒の就職率は90%程度(卒業後半年間の時点の統計で、2013年91.8%; 2012年91.5%; 2011年90.8%)(注1)で、毎年、卒業後半年間経っても仕事が見つからない大学卒業生は数十万人までに上った。さらに、大学新卒の賃金は伸び悩み、2003〜2014年の間に、 GDPは4倍以上成長したことに対して、大学新卒の初任給は50%程度しか増加していない(月給1550.7元から2443元までに増加)(注2)。

さらに、研究の背景にあるもう1つ注目すべき点は、2010年前後より推進された新しい戸籍改革である。この改革のポイントの1つとして、農村出身者も居住都市の公共サービスの一部を利用できるようになった。たとえば、就職支援サービス、義務教育、年金保険、医療保険、住宅保障など、内容は地域によって異なる。それより以前は、都市の公共サービスの利用は、都市戸籍を持つ住民に限定されていた。そして、戸籍は簡単に変えられない(単なる長期居住、結婚などによる戸籍変更も原則不可)ため、農村戸籍と都市戸籍の間に、大きな格差が生じていった。

これまで中国の大卒の就職の決定要因については、2008年以前のデータを利用した研究がほとんどである。それらの研究には、農村戸籍の新卒は都市戸籍より賃金が低いことが指摘された(たとえばWang and Moffatt 2008)。それに対して、本研究では新しい戸籍改革が推進された後のデータが用いられ、都市出身と農村出身の新卒の間に、賃金の差が観測されなかった(表1)。

大学新卒の内定取得と初任給の決定要因について、新たに検証した結果、まず、職探しの努力は、職を見つけることに正の影響を与え、経済理論を支持している。しかし、学習の成果の求職の結果に対する有意の影響は見つかっていない。ただし、学内の活動(サークルや学生委員会など)の経験が多い新卒は、より高い賃金がもらえる傾向が示された。学内の活動を通じて能力が磨かれ、それによって蓄積した人的資本は労働市場で評価され、賃金決定に結びついたと考えられる。さらに、失業した新卒にとって主な経済支援となるのは両親の収入であり、それが賃金に有意に正の影響を与えるが、職を見つけることに影響がないことが示された。その結果は失業手当の理論(注3)と一致している。

また、戸籍別の結果については、農村出身の新卒は両親の収入が都市出身よりだいぶ低いが、両者の間に、賃金の差が観測されていない(表1)。なぜなら、推定結果によると、農村や地方の中小都市の出身であることは、初任給と内定取得に対して、非常に有意に正の影響が検出されたからである。解釈として、大学入学の制度による学生の質の違いにあると考える。新しい戸籍制度改革が推進されたものの、中国の大学入学選抜の制度は依然として、戸籍に基づく差別が非常に大きい。中国では大学の定員は、戸籍ごとに分けている。地方の中小都市や農村に、受験生が多いにも関わらず、定員の割り振りが少ない。従って、地方の中小都市や農村の戸籍をもつ受験生の競争が厳しく、合格点も高く設定されているため、入学した学生の質が高く、卒業時の就職の選抜に正の影響を与えると考えられる。

最後に、政策含意として、本研究は若年者の雇用政策に実証的なエビデンスを提供した。大卒の就職率を高めるために、求人情報提供の一層の改善(たとえば学外の共同ジョブ・セミナーの開催)など、就職活動への支援が有効であろう。そして、両親からの経済支援が賃金に正の影響を与えたことは、未就職卒業者に対する経済的支援政策の必要性を示した。そのほか、学力のみならず、課外活動などを通じて能力を磨くように指導することも、企業に求められる人材に育成することに役立つことが示唆された。なお、中国の新しい戸籍政策は、ある程度都市と農村の格差を縮小したが、特定の領域(大学入学者の選抜)においては改善する余地があると考えられる。

表1:データについて
データ 差の検定 都市出身 農村出身
Ho: diff=0
t-value
観測値 平均 標準偏差 観測値 平均 標準偏差
賃金 (月給、元) [-0.30] 1229 2417 1461 760 2435 1219
内定取得 [-4.27]*** 1255 0.93 0.26 787 0.97 0.18
求職応募の数 [1.33]* 1570 8.70 11.79 898 8.05 11.78
求職の期間 (月) [-3.65]*** 1387 5.75 3.88 812 6.39 3.97
両親の収入 (月収、元) [17.43]*** 1897 4330 3450 1034 2532 2124
短期大学 [-6.35]*** 1988 0.29 0.46 1035 0.41 0.49
職業資格の有無 [-2.71]** 2062 0.62 0.49 1072 0.67 0.47
受賞歴の有無 [0.52] 2056 0.63 0.48 1070 0.62 0.49
学生共産党員 [7.41]*** 2043 0.26 0.44 1069 0.15 0.36
注:変数の一部のみ掲載; すべての変数についてはDP本文参照
脚注
  1. ^ http://news.sina.com.cn/c/2014-06-10/031030326342.shtml
  2. ^ http://news.sina.com.cn/c/2014-09-28/125630927618.shtml
  3. ^ たとえばEquilibrium Unemployment Theory (Pissarides, Christopher A., 2000, MIT press) 第1章の理論