ノンテクニカルサマリー

FTA締結が国際貿易に与える経済的影響の検証: 日メキシコFTAにおけるExtensive marginとIntensive marginの分析

執筆者 久野 新 (杏林大学)/浦田 秀次郎 (ファカルティフェロー)/横田 一彦 (早稲田大学)
研究プロジェクト FTAの経済的影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「FTAの経済的影響に関する研究」プロジェクト

GATT/WTOにおける多角的貿易自由化交渉が停滞するなか、1990年代以降、二国間または複数国間の自由貿易協定(FTA)の締結が急増している。従来はFTA締結に対して慎重な態度を示していた日本もその例外ではなくなり、2015年8月現在、すでに15の国・地域との間でFTAの署名を行い、さらに7つの国・地域との間で交渉を行っている。FTAを締結する政治経済的な動機は多様であるが、なかでも、FTA締結にともなう貿易拡大効果、とりわけ輸出拡大効果への期待は、日本を含む多くの国がFTA交渉に邁進する際の1つの原動力となっている。こうしたなか、FTA関連の研究テーマのなかでも、FTA締結は実際に貿易拡大をもたらすのか、そうであるならば、どのような品目で貿易が拡大するのか、というテーマは必然的に多くの研究者を惹きつけ、これまでも多くの研究が蓄積されている(日本が締結したFTAについては、たとえばAndo and Urata, 2011; Ando and Urata, 2015など)。

一方、近年、貿易自由化に伴う貿易拡大の「メカニズム」をより詳細に理解しようとする理論的・実証的な試みも重要な研究テーマとなっている。具体的には、貿易自由化による貿易拡大をextensive margin(貿易相手国数、貿易品目数、貿易企業数など)の拡大と、intensive margin(貿易相手国1国あたりの平均貿易額、1品目あたりの平均貿易額、1企業あたりの平均貿易額)の拡大とに分解したうえで、貿易自由化が2種類のマージンに与える影響を理論化する試み、あるいは過去の貿易自由化において実際どちらのマージン拡大が重要な役割を果たしたかを実証的に分析する試みがなされてきた。先行研究では、貿易自由化に伴う貿易拡大において重要な役割を果たしたのはextensive marginの拡大である、との結論を示した研究が多く存在する一方、intensive marginの拡大が重要な役割を果たしたと結論づける研究も少数ながら存在しており、いまだに統一的な見解は示されていない。また、日本が締結したFTAの貿易拡大効果の要因分解については、データの制約から、貿易品目ベースのデータを用いた実証分析の蓄積は進んでいなかった。

そこで本研究では、2005年に発効した日本とメキシコとの間のFTAに着目し、表1のようにFTA締結前後で日本からメキシコへの輸出が約2倍に拡大した原因が、extensive margin(輸出品目数)の拡大によるものなのか、あるいはintensive margin(1品目あたりの平均輸出額)の拡大によるものなのか、実証的に検証した。分析の結果、日メキシコFTA発効直後の日本からメキシコへの輸出額の増加は、すくなくとも短期的には、extensive marginの拡大によるものではなく、intensive marginの拡大によるものであることが明らかになった。考えられる理由としては以下の3点があげられる。第1に、従来メキシコへの輸出実績がなかった品目を企業が新規に輸出するためには、その準備や調整のために一定の時間が必要であった。第2に、メキシコ側で関税が引き下げられた後も、日本またはメキシコ市場において何らかの別の参入障壁が残存していた、あるいは資金調達をめざす企業が情報の非対称性により資金制約に直面するなど市場の失敗が存在していた。最後に、FTAの利用には節税効果に関する情報収集や原産地規則に関する理解や対応のために一定の取引コストが存在していたことから、自由化されてもFTAを利用する企業が増えなかった。

表1:FTA締結(2005年)前後の日本からメキシコへの輸出額・輸出品目の変化
分類2004年輸出額2006年輸出額商品数
10億円%10億円%HS9桁分類
2004年・2006年共に輸出された商品540.497.8%1,001.597.2%1,493
2004年のみ輸出された商品12.22.2%0.00.0%348
2006年のみ輸出された商品0.00.0%28.42.8%366
2004年・2006年共に輸出されなかった商品0.00.0%0.00.0%3,943
合計552.6100.0%1,030.0100.0%6,150
資料:財務省貿易統計より計算

本研究より以下の政策的インプリケーションを導くことができる。第1に、仮に上記のような理由によりextensive marginの拡大が阻害されるのであれば、FTAの潜在的ユーザーがFTAを利用する際の取引コストを軽減させるような取り組み、たとえば、FTAの利用経験の浅い企業に対して効果的な情報提供を行うような取り組み、あるいは原産地規則の遵守コストを低下させるような取り組みが必要となる。第2に、intensive marginの拡大を更に目指すのであれば、Buono and Lalanne(2012)が指摘しているように、FTA締結後に輸出を拡大させた生産性の高い企業に向かって円滑に資源が再配分されるよう、たとえば労働市場の柔軟性をさらに高めるような施策が有効である。