ノンテクニカルサマリー

複数事業所と本社機能の分離:日本の工業統計表を用いたパネル分析

執筆者 大久保 敏弘 (慶應義塾大学)/冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 産業政策の歴史的評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策史・政策評価プログラム (第三期:2011~2015年度)
「産業政策の歴史的評価」プロジェクト

(1)地域産業政策、クラスター政策の流れ

日本は戦後、さまざまな地域産業政策、とりわけ産業クラスター政策を行ってきた。主な目的は地域経済の活性化のため、どのように製造業企業を誘致し、地域の生産、雇用や所得の拡大と安定につなげるのかを大きな目標にしてきた。同時にこれに伴う地場産業への波及効果や地方自治体の税収増大も狙っていた。このような政策は時代に応じてさまざまな具体的な施策がなされてきた。工業再配置立地は都市部の混雑緩和のため、工場の地方移転を推進した。テクノポリス政策や頭脳立地政策では二十数地域を選定し、産官学連携の次世代型の産業を中心とする地方に産業集積を作るべく政策が行われた。その後は、大都市も含めた日本全体の政策や特定分野(イノベーション、ベンチャー企業など)に焦点が移り、地域指定の補助金中心だったものから、さまざまな手法による企業・地域支援へと多様化していった。一例は産業集積活性化法や新事業創出促進法である。また、さらに直近の政策では産業クラスター計画があげられるが、この政策の中心は地域経済の創生ではあるものの、企業のネットワーク形成に力点がある。今日の政権では本社機能の地方移転のため税制優遇政策や地方創生政策などが行われている。

このような政策の流れとして以下のように簡単にまとめることができるだろう。第1にマクロ的な視点での地域指定からミクロ的な視点の特定事業や特定分野に移り、企業間ネットワークや波及効果をより重視し、対象企業の選定がより厳密に、ピンポイントでなされるようになってきた。第2に企業全体から製造部門(プラント、工場)あるいは特定の企業内組織(研究開発部門、本社)を対象にするようになってきた。第3に直接的な規制(地域指定)や政策(補助金)から間接的な政策、さまざまなインセンティブを与えるような政策に変わってきた。

(2)複数事業所や本社機能分離の分析

本研究では、今日の本社機能移転の政策を念頭に、企業の移転、とくに本社機能の分離や複数事業所の要因分析を行った。実証分析の結果(下表)、企業の規模が大きく生産性が大きいほど、また東京や大阪に近いほど、本社機能の分離や事業所の改廃が活発であることが分かった。企業規模が成長していく過程で、事業所を増やしたり、本社機能を分離していくのである。また、東京や大阪にアクセスがいいところほど、コミュニケーションがとりやすいこともあり、組織変更を行いやすいといえる。

表:企業の組織変更の要因分析
LogitFrom Col HQ to Sep HQFrom Sep HQ to Col HQFrom SP to MPFrom MP to SP
SIZE0.1539095.8***-0.25486-9.33***0.50341533.61***-0.81531-46.79***
WAGE0.1098326.84***-0.24632-16.48***-0.09083-7.68***-0.26207-21.18***
TFP0.13119410.61***-0.10611-11.01***0.19807323.58***-0.18242-25.68***
MAT0.2474667.97***-0.27675-9.66***0.32498314.83***-0.38553-17.79***
DIST-0.04597-2.66***-0.04357-2.4***-0.03972-3.43***-0.34544-25.76***
DIST*SIZE-0.02557-4.24***-0.02036-3.25***-0.0104-3.1***0.06378116.27***
localization-0.01518-1.460.0594735.75***0.07763410.47***0.0317664.15***
urbanization0.0367942.59**-0.02595-1.78*0.0028730.280.0060060.56
Sector fixed effectsyesyesyesyes
Year fixed effectsyesyesyesyes
Observations24417414019132529165615190
LR1978.366306.615381.2934142.42
Pseudo R-sq0.00670.02910.03010.0913
Sample (firm type)Col HQSep HQSPMP
NB: SP indicates single-plant firm. MP indicates multiple-plant firm.
NB: "Sep HQ" indicates separated HQ while "Col HQ" is collocated HQ.
z-statistics in parentheses
* significant at 10% level; ** significant at 5% level; *** significant at 1% level

(3)政策的インプリケーション

1) 本社機能の移転促進政策と都市・交通網整備の重要性
本研究での実証結果から、東京や大阪といった大都市部にアクセスがいいところほど、移転促進政策を推進できると思われる。新幹線などの交通アクセスのいい近郊で、オフィスなど施設が整っているところに事業所や本社機能を移転させやすいと思われる。したがって、新幹線や都心部での交通網の整備は非常に重要な意味を持つといえよう。また、機能移転の受け皿になるための近郊におけるオフィス環境の整備も重要になってくるだろう。東京や大阪に比較的近い地域やアクセスのいい地域に限定した政策がうまくいく可能性が高いと思われる。

しかし、同時に一方で逆の可能性も高いことを注意したい。いわゆるストロー効果である。都心部とアクセスがよくなることで、生産機能を地方に維持しつつ、近郊にある本社機能を都心部に移転させたり、近郊に散らばっていたさまざまな機能を東京に集結させる可能性も高い。近年の都心部の都市再開発ブームはこのような可能性を高める可能性が高い。

2) 企業規模や生産性の重要性
しかしながら、政府がどのような政策を行っても、企業自体の規模や生産性が高くなければ、企業の機能移転は進まないだろう。重要なのは個々の企業の規模や生産性である。もし企業の機能移転を政策に掲げるのであれば、税制優遇よりむしろ企業規模の拡大や生産性向上を促すことに重点をおき施策することが肝心だろう。

3) 歴史的な観点(大局的な観点)の重要性
大局的な観点から見ると本社機能の集中や分散には時系列的に大きな波(ブーム)がある。本社機能の都心部集中は大正期、戦後まもない時期、そして1980年代である。背景には政策というよりはそれぞれの時代の政治や経済情勢あるいは技術進歩の中で起こっている。したがって、政府の政策で本社機能移転を進めるというのは、歴史的な流れを見る限り、限界がある。限界を認識した上で政策を進めるべきだろう。