ノンテクニカルサマリー

日本企業における複数事業の展開

執筆者 大久保 敏弘 (慶應義塾大学)/Kirill BORUSYAK (ハーバード大学)
研究プロジェクト 産業政策の歴史的評価
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策史・政策評価プログラム (第三期:2011~2015年度)
「産業政策の歴史的評価」プロジェクト

(1)産業政策の理論的研究

伊藤・清野・奥野・鈴村著(1988)「産業政策の経済分析」は日本の産業政策を包括的に理論研究した未だ色あせない名著である。幼稚産業保護論、マーシャルの外部経済、戦略的参入阻止、過剰参入、過当競争、研究開発、社会的厚生などのさまざまな側面から産業政策を理論的に研究しており、主に1産業あるいは1財の部分均衡モデルがその基盤となっている。実際の産業政策を前提に、理論的な研究をすることにより政策や政策のあり方に大きな示唆を与えている。

一方、近年実際のデータを用いた実証分析が進み、産業レベル、企業レベルに続き、工場レベルや財・製品レベルといったさらに細かいレベルの実証研究が盛んになってきている。製品や工場レベルからの積み上げにより、企業あるいはマクロの分析をすることが可能になってきている。実際、1つの企業が複数の工場で複数の製品を生産していることが多い。このようなことからすると上記の理論分析には見逃されていたある点、つまり、従来の1財の部分均衡モデルではとらえられない側面がある。ある産業政策、たとえば半導体に対する政策であっても、財を生産する企業にとっては1製品にすぎず、他にも多数の複数製品を生産しているし、主要産業は半導体産業ではなく、他の産業、たとえば金属産業である場合もある。つまり、産業政策を考える上で従来の理論研究ではとらえきれていない複数製品や複数産業の企業行動がある。

(2)本研究の分析結果

こうした産業政策を考える上で重要でありながら理論研究でとらえられていなかった複数製品の企業行動を明らかにするため、複数製品での基礎研究を行った。工業統計の製品レベルデータを用いて、1つの企業内での個々の製品の生産の成長率が、製品間でどう相関しているかを分析した。背景には基本的には3つの仮説が考えられるだろう。(1)負の相関。製品間でシェアする原材料や資源が限られている場合、1つの製品の生産を増やせば、他の製品の生産は減少するだろう。(2)正の相関。原材料や資源をうまく製品間でシェアできる場合、1つの製品生産を増やせば、他の製品の生産も増加するだろう。(3)正の相関。消費面で強い補完関係がある財を生産している場合(たとえば、経済学の教科書で登場するようなボルトとナット)、2つの製品は両方とも生産を増加、あるいは減少するだろう。

本研究の実証研究の結果は下の表のとおりである。製品間で生産の成長率には強い正の相関があることが分かった。つまり上記の(2)や(3)の仮説が一般的にみられることが分かった。さまざまなコントロール(年、産業x年、府県x年、市町村x年、府県x年x産業、プラントx年、企業x年)を加えても、またサンプルを変えても(大企業のみ、中小企業のみ、複数プラント企業のみ)、正の相関関係はなお大きい。

表:実証分析の結果

表:実証分析の結果

(3)政策的インプリケーション

産業政策のスピルオーバー効果
産業政策は1財にターゲットを絞った政策が多く、理論的には「産業政策の経済分析」により分析されたが、我々の実証研究が示唆するところは、ターゲットが1財であっても、企業は往々にして複数製品を生産しているので、政策対象の財生産を通じて、他に生産している財の成長にも波及する。つまり、正の相関があるため、政策のターゲットである財の生産が増えれば、他に生産する財も増加するだろう。さらに他の財が他の産業に属していれば、他の産業にも影響するだろう。いわゆる、産業政策の「スピルオーバー効果」があるといえる。戦後の日本の産業政策を定量的に評価する際、このような「スピルオーバー効果」や複数製品の生産の側面を考慮することが重要であることを示唆している。また、今日の厳しい財政事情や国際的な情勢を考えれば、このようなスピルオーバー効果を考慮した効率的な産業政策を行っていくことが有用と思われる。