ノンテクニカルサマリー

経済成長政策の定量的効果について:既存研究に基づく概観

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.問題の所在

1990年代初めのバブル崩壊以降、有効な「成長戦略」の策定・実行の必要性が幾度となく論じられてきており、アベノミクスの「第三の矢」もその流れに繋がるものである。潜在成長率を高めるための具体的な政策としては、貿易自由化(EPAなど)、規制改革、法人税減税が論じられることが多い。また、最近は、労働力人口の減少を背景に、女性・高齢者の労働参加率の引き上げ、外国人労働者の拡大も政策課題として挙げられることが多くなっている。しかし、どういう政策が経済成長率に対してどの程度の効果を持つのかが定量的に数字で示されることは少ない。政策の経済効果については、研究領域毎に多くの理論・実証研究が存在するが、分野横断的に概観したものは滅多に目にしない。

政策の効果推計の精度に限界があるのは勿論だが、現実的な政策形成のためには個々の政策がおおむねどの程度の定量的効果を持ちうるのかを把握し、共有しておくことが望ましい。こうした問題意識に基づき、本稿は研究のユーザーの視点から、経済成長政策として頻繁に取り上げられる政策を中心に内外の既存研究や統計データを利用した概算によって各種政策の定量的な効果を比較する。あくまでも、おおよそのマグニチュードを理解するためのベンチマークという位置付けである。

2.結果の要点

経済成長に対して定量的に大きく寄与するのは、教育を通じた人的資本の質の向上、研究開発を通じたイノベーションの加速といった産業横断的なファンダメンタルズの改善である。経済成長に対するこれらの量的マグニチュードは、TPP協定、女性の就労率引き上げをはじめ頻繁に取り上げられる政策と比較して5~10倍にのぼる可能性が高い。ただし、これらが効果を発揮するには相応の時間が必要である。

成長政策を議論する際、潜在成長率を高める「前向き」の政策だけでなく、成長率を低下させる要因を特定し、それらをなるべく低減することも重要である。自然体だと成長率を押し下げる要因になる社会保障制度の効率化、人口集積を阻害する諸制度の見直し、エネルギー政策はその例である。

以上のほか、マクロ経済の安定化や政策の先行きに対する不確実性の低減は、成長力を高める上でも望ましい。

3.留意点

本稿は一般均衡の枠組みに基づくものではなく、また、政策には多くの重複や補完性が存在するため、本稿で取り上げた政策の数字を単純に足し上げることはできない。また、過去の成長政策が主にGDPの水準を引き上げる「水準効果」である場合、その効果の「剥落」によるマイナス効果を考慮に入れる必要がある。

なお、成長率を高めることを目的とした政策は、しばしば分配の公平性などの他の価値との間でのトレードオフを孕む。現実の政策選択では、トレードオフを考慮した上で政策目標間のウエイト付けを行うこと、あるいは、所得分配の公平性等の政策目標に対して成長政策と補完的な別の政策を採るという政策割当を行うことが必要となる。

表:各種政策の成長率への効果
成長率への効果(年率)
25~44歳女性の就労率5%ポイント上昇0.08%程度
60歳以上男女の就労率5%ポイント上昇0.16%程度
外国人就業者の増加率倍増0.02%程度
法人税率10%ポイント引き下げ0.1%~0.2%程度
研究開発投資対GDP1%ポイント上昇0.3%~0.4%程度
学力の世界トップレベルへの上昇0.6%程度
対内直接投資(外資系企業ストックの倍増)0.01%~0.02%程度
農林水産業の生産性上昇率の米国並みへの向上0.04%程度
環太平洋パートナーシップ(TPP)協定0.07%~0.16%程度
新陳代謝効果の倍増0.4%程度
社会保障負担・給付の拡大▲0.1%程度
人口減少による集積の経済効果の低下▲0.1%弱
原発ゼロ▲0.1%弱
(注)試算方法の詳細は論文自体を参照。言うまでもなく、個々の数字は相当程度の幅があるものとして理解する必要がある。