執筆者 | 神事 直人 (ファカルティフェロー)/鶴見 哲也 (南山大学) |
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研究プロジェクト | 貿易・直接投資と環境・エネルギーに関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資 (第三期:2011~2015年度)
「貿易・直接投資と環境・エネルギーに関する研究」プロジェクト
外国直接投資が投資受入国の環境に与える影響
外国からの直接投資は投資受入国にさまざまな恩恵を与える。国内経済の活性化や雇用の創出に加えて、先進的な知識や技術の波及効果などが見込まれる。特に投資受入国が途上国の場合は、一般に国内の資本が不足しており、失業率も高く、技術水準も低いため、外国からの投資への期待は高い。では、自然環境への影響という点ではどうだろうか? 「汚染逃避地仮説(pollution haven hypothesis)」によれば、汚染を多く排出するなど環境負荷の高い企業ほど環境規制の厳しい国から環境規制の弱い国へ移転する誘因が高いため、相対的に環境規制の弱い途上国には汚染集約的な産業の企業が集まってくると予想される。したがって、外国からの投資は途上国の自然環境にとって望ましくないように思われる。それに対して本研究は、途上国への直接投資についてそれとは全く逆の見方を示すものである。
直接効果と3つのスピルオーバー効果
本研究では、ベトナム統計局が外資系企業を含む在ベトナム企業を対象に行っているサーベイ調査から得られたデータを用いて分析を行った。本研究が着目したのは、環境マネジメントシステムの導入や、ISO14001の取得、社内の環境対策室の設置など5項目から成る個別企業の環境への取り組み状況を尋ねる質問項目である。これらの質問項目への回答によってその企業が環境への取り組みにどの程度積極的に取り組んでいるのかが分かる。
在ベトナム企業のこうした環境への取り組みに対して外国からの投資がどのような影響を与えているのかを、直接効果と「スピルオーバー」と呼ばれる3つの間接効果によって捉える。まず、直接効果は各企業の外資比率で測ることができる。一般に直接投資とは株式または議決権の10%以上を外国の親会社が所有する場合を言う。外資比率が10%以上である場合に、比率が高いほど外国資本の影響が強まると考えられる。
次にスピルオーバー効果には、水平的なスピルオーバーと前方連関・後方連関という2つの垂直的なスピルオーバーがある。水平的なスピルオーバーとは同一産業内における外資系企業から受ける間接効果であり、産業内に占める外資比率で測ることができる。他方、前方連関と後方連関の効果は取引関係がある企業(仕入元または納入先)が外資系企業である場合に、そこから受ける波及効果を指しており、仕入元または納入先の産業における外資比率によってそれぞれの間接効果を測ることができる。
投資国 | ||||||
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外国 | 日本 | 韓国 | 中国 | シンガポール | 米国 | |
直接効果 | 0.166*** | 0.282*** | 0.00635 | 0.0160 | 0.205*** | 0.114** |
水平的スピルオーバー | -0.572** | -1.072** | -1.307 | -0.264 | -0.548 | 0.0797 |
前方連関 | 5.070 | -2.437 | 1.854 | -1.545 | 0.279 | 11.621 |
後方連関 | 0.374 | -1.409 | 2.908 | -2.161 | 3.095 | -1.171 |
水平×貿易 | 0.0413 | -0.317 | 0.341 | 4.594* | -4.398** | -0.153 |
前方×貿易 | -0.0246 | 0.137 | 1.627 | -11.194 | -14.470 | -9.538 |
後方×貿易 | 0.830*** | 1.844*** | 8.296*** | 6.688 | 13.426** | 14.587*** |
(注)6段階で評価された環境への取り組みに対する各効果を順序ロジットモデルで推定した結果である。説明変数の平均における限界効果を係数の推定値から算出して示している。*、**、***はそれぞれ10%、5%、1%水準で統計的に有意であることを示す。 |
ベトナムの企業レベルデータの分析から得られた結果
本研究では、ベトナムに対する外国直接投資全体の効果に加えて、どの国からの投資であるかによって効果がどのように違うのかということについても分析を行った。主要な投資国に関する分析結果は表に示す通りである。分析から分かったこととして、まず外資比率が高い企業ほど環境への取り組みに積極的であり、投資の直接効果としてはプラスの効果がみられた。ただし、投資国別にみると中国と韓国からの投資については統計的な有意性がなかった。
次に間接効果について調べてみると、水平的なスピルオーバーがマイナスである場合があり、特に日本からの投資についてはそのような傾向が見られた。これは同一産業内に日系企業を親会社とする企業の割合が高いと、その産業内の企業は環境への取り組みに消極的になる傾向があることを意味する。産業内の外資比率が上がることによる競争効果が一因と考えられる。
他方、垂直方向のスピルオーバーについては、外国と貿易をしている企業はそうでない企業と比べて、後方連関によるプラスのスピルオーバーを受ける傾向がみられた。つまり、納入先の産業における外資比率が高いほど環境への取り組みが積極的になるということである。中国など一部の投資国を除いて、主要な投資国の多くについてそうした効果がみられる。これは、特に先進国へ輸出をしているような企業であれば、先進国の消費者を意識して、取引先の外資系企業から環境マネジメントシステムの導入などを求められるため、そのような取り組みに積極的である可能性が考えられる。
環境技術の移転に対する支援策を
本研究の分析結果を踏まえると、日系企業の対外投資について、特にアジア諸国をはじめとする途上国への投資に関して、次のような政策的支援を積極的に行っていくことが求められる。すなわち、投資受入国における子会社以外の地場企業に対して、日系企業が持つ優れた環境技術や知識を移転し普及させることに対する政策的支援である。上述の通り、日系企業の子会社は環境への取り組みに積極的であるが、日系企業の子会社の割合が高い産業ほど環境への取り組みに消極的であることが明らかになった。これは、日系子会社の積極的な環境への取り組みが他企業にも浸透する効果よりも、日本からの投資によって当該産業における競争が高まり、環境に取り組む余裕がなくなる効果が上回っている可能性が考えられる。したがって、日系企業が自身の優れた環境技術や知識を投資先の地場企業に積極的に移転していくことによって、そのような負の間接効果が緩和ないし逆転することが期待される。日本からの投資が環境面でも望ましい効果を生むための仕組み作りが必要ではないだろうか。