ノンテクニカルサマリー

環境関連物品への相殺関税-WTOルールへの政策的示唆-

執筆者 蓬田 守弘 (上智大学)
研究プロジェクト 貿易・直接投資と環境・エネルギーに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資 (第三期:2011~2015年度)
「貿易・直接投資と環境・エネルギーに関する研究」プロジェクト

背景と目的

太陽電池など再生可能エネルギー関連製品の貿易摩擦が激化している。2011年、米国では中国製太陽電池の輸入が急増し、その一因が中国政府による補助金にあるとの申し立てに応じて、米国政府は中国製太陽電池の相殺関税調査を開始した。調査の結果、補助金による輸入急増が米国企業へ実質的な損害を及ぼしたと認定され、2015年に米国は最大で49.79%の補助金相殺関税を中国製太陽電池に発動した。

WTOの補助金・相殺措置ルールでは、補助金による輸出促進は貿易を歪め世界経済に悪影響を及ぼすとの理由から、輸出補助金は禁止され国内補助金は相殺関税やWTO協議要請の対象とされている。しかしながら、太陽電池などへの補助金は、貿易を歪める可能性がある一方で、再生可能エネルギーの普及を通じた環境改善の効果があると期待されている。このため、環境補助金に対して通常の補助金と同様の規律を適用することは、環境改善の便益を損なう恐れがあり持続可能性の観点から望ましくないとの指摘がある。

経済学者である世界銀行のマトゥとピーターソン国際経済研究所のサブラマニアンは、太陽電池などの環境関連物品については、WTOの補助金規律を弱め相殺関税の発動を制限または禁止すべきだと主張している (Mattoo and Subramanian, 2013)。また、国際経済法学者のチャルノビッツは、環境補助金を国内政策として用いる権利がWTOルールにより不当に侵害されうるとの理由から、環境補助金に関するWTO補助金・相殺措置ルールの改革案を議論している (Charnovitz, 2014)。

こうしたWTOルール改革案は、経済学の考え方に基づいてはいるものの、正式な経済分析から導かれたものではない。そこで本稿では、太陽電池をはじめとした環境関連物品をめぐるWTO補助金・相殺措置ルールはどうあるべきかを理論的に検討する。WTOルール改革案を議論したMattoo and Subramanian (2013) やCharnovitz (2014) は、米中の太陽電池貿易紛争を事例として用いていることから、本稿では太陽電池の市場構造や米中間の貿易構造を明示的に考慮したモデルを用いて分析を行う。太陽電池の消費には温室効果ガス排出削減に伴う環境改善の外部性があると想定し、太陽電池生産は装置産業であることから不完全競争の国際貿易モデルを応用した分析を行う。分析結果が環境補助金についてのWTOルール改革案に対しどのような含意を持つかについて議論する。

分析枠組み

Mattoo and Subramanian (2013)は、中国による太陽電池の生産・輸出補助金が、2つの異なる経路を通じて米国に環境改善の便益をもたらすと述べている。第1の経路は貿易である。中国による補助金は中国製品の対米輸出を拡大することで、米国の太陽電池利用を促進する。その結果、米国の温室効果ガス排出が削減され、環境改善の便益が生じると指摘している。第2の経路は国際的なスピルオーバーである。中国の補助金は中国国内の太陽電池利用を拡大することで中国の温室効果ガス排出を削減し、その環境便益が米国にもスピルオーバーすると述べている。近年、中国は太陽光発電設備の建設を急速に拡大しており、2013年にはその発電能力を3倍に拡大した。その背景には、2010年から2011年にかけて中国国内で形成された太陽電池生産の過剰設備がある。米国やEUの輸入制限により海外販路を失った結果、太陽電池の過剰供給を吸収する目的で、中国政府は太陽光発電設備の国内建設を支援した。ただし、短期間に設備が急拡大したことから、電力系統への接続の問題など課題も多いと指摘されている。今後、中国国内での太陽光発電が拡大するにつれ、Mattoo and Subramanian (2013)の指摘した中国補助金による環境便益の国際スピルオーバーも重要性が高まると考えられる。ただし、本稿では分析が複雑になることを避けるために、太陽電池補助金が環境改善の便益をもたらす2つの経路のうち、貿易を通じた第1の経路にのみ着目した分析を行う。

不完全競争市場における相殺関税の経済合理性については、ディクシットによる研究が先駆的である (Dixit, 1984, 1988)。彼は寡占競争が行われる輸入競争産業を想定し、政府が国民経済厚生を最大化する場合、外国の補助金に対してどのような水準の相殺関税を課すことが望ましいかを分析した。本稿では、ディクシットの分析枠組みを基礎とし、太陽電池をはじめとした環境関連財について相殺関税の経済合理性を検討する。太陽電池生産は装置産業であることから、ディクシットの枠組みと同様にクールノー寡占の輸入競争産業を想定し、米国が太陽電池に国内補助金を供与していたことから、政府が相殺関税に加えて生産補助金を用いて国民経済厚生を最大化すると想定する。

分析結果

分析の結果、消費の外部性の程度を示す限界外部便益が高い程、相殺関税率は低く、生産補助金率は高く設定されるべきことが明らかにされる。また、生産補助金が供与されない場合と比較して、それが最適な水準である場合には、相殺関税率はより低い水準に設定されるべきことがわかる。こうした結果は、WTOルールで定められた関税率の上限が、太陽電池などの環境関連財の場合には最適水準を越える可能性が高いことを意味している。実際、中国製太陽電池のケースでは米国は相殺関税率を上限まで引き上げたことから、WTOルールのもとでは経済合理的な水準を越えた過大な相殺関税率の賦課が許容されている可能性もある。

WTOルール改革案と分析結果の含意

表1にはMattoo and Subramanian (2013) とCharnovitz (2014)による改革案の主要なポイントが示されている。

表1:WTOルール改革案
環境関連物品への輸出・国内補助金に対する相殺関税
WTO補助金・相殺措置ルールMattoo and Subramanian (2013)の提案Charnovitz (2014)の提案
特定性や実質的損害等の条件のもと補助金率を上限とした相殺関税を賦課できる。(1) 太陽電池など環境関連物品・技術に対する生産補助金への相殺関税は認めるべきでない。(1) 当局による環境・消費者団体からの意見聴取を義務づけ、消費者利益や環境影響へ配慮した上で判断。
(2) 輸出補助金については、一定条件のもとで相殺関税・WTO協議要請対象とする。(2) 同種の産品への国内補助金を供与されている企業は、相殺関税を要請できない。

分析結果の政策含意を要約すると表2のように示すことができる。

表2:分析結果の改革案への含意
Mattoo and Subramanian (2013)の改革案への含意Charnovitz (2014)の改革案(2)への含意
環境外部便益の大きい財については、WTOルールの上限が最適水準を超える可能性が高いため、上限の引き下げ、もしくは発動の制限が望ましい。国内生産補助金率の上昇は、最適関税率を引き下げるため、国内補助金供与を相殺関税発動制限の要件とすることは支持される。
環境外部便益が大きくない場合には、相殺関税の発動を禁止すべきではない。国内補助金の有無に加え、環境外部便益の大きさを発動要件として考慮すべきである。