ノンテクニカルサマリー

日本企業の為替リスク管理とインボイス通貨選択:平成26年度日本企業海外現地法人アンケート調査結果概要

執筆者 伊藤 隆敏 (ファカルティフェロー)/鯉渕 賢 (中央大学)/佐藤 清隆 (横浜国立大学)/清水 順子 (学習院大学)
研究プロジェクト 為替レートのパススルーに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロ (第三期:2011~2015年度)
「為替レートのパススルーに関する研究」プロジェクト

本論文は、2014年11月末から2015年1月上旬にかけて実施した、2014年度「日本企業の海外現地法人に対するインボイス通貨選択アンケート調査」の結果を報告したものである。第1回のアンケート調査は2010年度に実施しており、本論文では2010年度調査と2014年度調査の結果を比較し、過去4年間に、アジアを中心として世界各地に生産拠点や販売網を持つ日本企業の現地法人が大幅な為替変動にどう対処してきたのか、特に海外に構築された生産・販売ネットワークにおける為替リスク管理やインボイス通貨(貿易建値通貨)選択行動がどのように変容しているのか、という点を詳細に調査した。2010年度の第1回調査時は、2008年のリーマン・ショックを契機としてグローバルな金融危機が拡大した時期であり、その影響から日本企業は急激な円高の進行を経験した。特に2011年から2012年後半にかけて、1ドル=70円台の歴史的な円高水準が続いた。これに対し、アベノミクスが登場した2012年末からは一転して円安が急速に進み、2014年末には1ドル=120円前後の水準に達した。第2回アンケート調査は、このように急速に円安が進んだ時期に実施しており、第1回と第2回のそれぞれの調査時点で企業の為替変動への対応も異なることが予想される。こうした経済環境の違いを背景として、日本企業の為替リスク管理と貿易における価格設定行動、特にインボイス通貨の選択がどのような影響を受けているのかを分析している。本調査から得られた結果は以下のようにまとめられる。

第1に、日系海外現地法人の為替リスク管理について調査した結果、部分的な裁量も含めると、6割を超える海外現地法人が裁量的に為替リスク管理を行っていること、そしてアジア所在現地法人の場合はこの比率が約7割に達していることが確認された。この傾向は第1回調査とほとんど変わらない。ただし、海外現地法人の為替取引は直物取引が中心であり、先物為替予約取引を用いて為替リスクヘッジを行っている割合は31.5%と少ない。為替取引規制が存在し、先物為替市場が未成熟な新興経済諸国や途上国では先物為替予約を用いた為替リスク管理があまり行われておらず、この傾向も前回調査からほとんど変わっていない。

第2に、リーマン・ショックから2012年末まで続いた歴史的な円高局面において、日本からの輸入の価格が変わらなかった現地法人は4割にとどまり、残りの6割は価格上昇を経験したことが確認された。また、この円高期にもかかわらず、75%の現地法人は日本からの中間財・最終財の輸入数量に変更はなかったと回答している。一方、2012年末からの円安局面では6割近い現地法人が日本からの調達価格に変更がなかったと回答している。輸入数量の変更もないと回答した現地法人は9割近くに達している。このように、価格面での変更については円高局面と円安局面での非対称性が確認されたが、日本からの輸入数量においては両局面とも大きな増減がみられなかった。

第3に、海外現地法人企業のインボイス通貨選択を生産拠点と販売拠点の2つに分けて調査し、現地法人の所在地別、取引相手国・地域別に考察した結果、北米所在現地法人では生産拠点と販売拠点のいずれも米ドル建て取引のシェアが非常に高いこと、ヨーロッパでもユーロや現地通貨建ての取引が最大のシェアを占めていることが確認された。一方、アジアの生産現地法人では日本との輸出および輸入において米ドル建て比率が高く、円建て比率は近年低下傾向にあること、アジアの販売現地法人では、日本からの調達において円建て比率が高いのに対して、輸出・販売では円建て比率が低く、現地通貨建て比率が高いことが確認された。

ここで海外現地法人のインボイス通貨選択を理解するための重要な例として、生産拠点として活動する日系海外現地法人が日本との貿易でどの通貨を使用しているかを、現地法人の所在地別に確認してみよう。一般に、日系海外現地法人が最も円建て取引を行うケースは、日本からの輸入もしくは日本向けの輸出であると予想されるだろう。海外現地法人にとって日本本社や自社グループ企業との貿易は「企業内貿易」であり、日本企業同士の取引は円で行われるのが自然だと考えられるからである。しかし、表1と表2は、上記の予想と異なる結果を提示している。

表1は日系現地法人が日本から中間財を調達する際のインボイス通貨選択状況を示している。2014年調査結果において最も注目すべきは、アジア所在現地法人が日本からの中間財輸入において43.7%を米ドル建てで輸入しており、円建て輸入比率(48.2%)と大きな違いがない点である。中国所在現地法人では米ドル建て比率が円建て比率をやや上回っており、ASEAN-6でも円建て比率(49%)が米ドル建て比率(47%)をかろうじて上回っているにすぎない。2010年調査時点では、アジア所在現地法人の日本からの輸入の54%が円建てで取引されており、米ドル建て比率(40.3%)をかなり上回っていた。海外現地法人の観点から日本とアジアの貿易におけるインボイス通貨選択状況をみると、過去4年間で円建て比率が低下し、米ドル建て比率が上昇しているのである。

北米所在現地法人では2014年調査と2010年調査の何れにおいても、日本からの中間財調達を米ドル建てで行う傾向が強い。他方、ヨーロッパ所在現地法人においては2014年調査で最大のシェアを占めているのがユーロ建て比率(48.1%)であるが、2010年調査時点では日本からの輸入のほぼ半分(50.5%)を円建てで行っており、過去4年間で円のシェア低下とユーロのシェア上昇が起きているといえる。興味深いのは、2014年の大洋州所在現地法人が日本からの輸入の半分以上を円建てで取引している点である。アジアにおける円の使用はこの大洋州所在現地法人の円の使用よりも少ない結果となっている。

表1:海外現地法人の日本からの中間投入財輸入総額に占めるインボイス通貨別シェア(%)
表1:海外現地法人の日本からの中間投入財輸入総額に占めるインボイス通貨別シェア(%)
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(注)RIETI「2010年海外現地法人アンケート調査」、「2014年海外現地法人アンケート調査」より作成。「2010年調査」は2009年度、「2014年調査」は2013年度のデータ。サンプル企業が回答したシェアを単純平均して算出。「アジア地域」は、中国、韓国、台湾、香港、ASEAN-6(シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム)、インド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュを含む。「北米」には、米国、カナダ、メキシコ、プエルトリコが含まれる。「ヨーロッパ地域」には、ユーロ圏17カ国のうちキプロス、エストニア、マルタ、ルクセンブルクを除く13カ国が含まれている。また、英国に加えて、ユーロ非加盟の西欧、東欧諸国、およびロシアが含まれる。「大洋州」はオーストラリアとニュージーランドの2カ国が含まれる。

表2は、日系現地法人の日本向けの財輸出におけるインボイス通貨選択状況を、現地法人の所在地別に示している。2014年調査の結果が示す通り、アジア所在現地法人の日本向け輸出の52.2%が米ドル建てで取引されており、中国およびASEAN-6所在現地法人について見ても同様に、円建て輸出よりも米ドル建て輸出比率の方が高い。北米所在現地法人では日本向け輸出の87.3%が米ドル建て取引であり、大洋州所在現地法人においても、日本向け輸出の58.6%が米ドル建てで取引されている。また、ヨーロッパ所在現地法人ではユーロ建て取引が41.9%と最大である。2010年調査と比較すると、ヨーロッパ所在現地法人を除いて、円建て取引よりも米ドル建て取引のウェイトが高まっている。この日本向け輸出においても、過去4年間で円の使用が減少し、米ドルの使用が高まっていることが確認できる。

表2:海外現地法人の日本向け輸出総額に占めるインボイス通貨別シェア(%)
表2:海外現地法人の日本向け輸出総額に占めるインボイス通貨別シェア(%)
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(注)表1の注を参照。

なぜ日系海外現地法人と日本との貿易において円の使用が減少しているのであろうか。その理由として考えられるのは、為替レート変動の局面の違いである。2014年調査が対象とした2013年度決算期は、将来の円高リスクよりも円安の定着や進行が予想された時期である。このような円安局面では、日本向けに円建てで輸出すると米ドル換算した(あるいは自国通貨に換算した)受取額は目減りする可能性がある。この場合は、円建て輸出比率を低下させることが合理的な選択となるだろう。実際に、表1の日本からの輸入における円建て比率と比較して、表2では2014年調査における日本向け輸出の円建て比率が米ドル建て輸出比率を大きく下回っている。また、世界金融危機後の円高進行を受けて日系現地法人が海外での中間投入財の調達比率を一層高めたことによって、生産コストに占める円建て比率が低下し、現地法人の円建て比率が低下した可能性も考えられる。ここで述べた2点は今後厳密な実証分析によって検証する必要があるが、これらはいずれも急激な為替レートの変動と深く関わっている。為替レートの急激かつ大幅な変動は日本企業の価格戦略に及ぼす影響が非常に大きいことは疑いない。為替レートが一方向に大きく変化することを防ぐための政策的対応が必要であろう。

最後に、近年注目されている人民元の国際化を、日系海外現地法人のインボイス通貨選択の観点から考えてみたい。アジア所在現地法人の人民元の使用は、日本からの財調達の場合、2010年調査の1.0%から2014年調査の3.0%へと上昇している。また、日本向け輸出の場合も同じ期間に0.2%から4.7%へと上昇している。しかし、この上昇の理由は中国所在現地法人の人民元の使用が増えたことにあり、2014年調査において中国所在現地法人以外では、日本との貿易に人民元は全く使用されていない。確かに、中国所在現地法人と日本との間の貿易では人民元建て取引が10%を超える程度まで上昇しているが、中国以外のアジア諸国との取引にまで人民元の使用が進んでいるわけではない点に留意すべきである。