ノンテクニカルサマリー

知識・情報集約型サービス業の立地と生産性

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

1. 問題意識

潜在成長率を引き上げるため、経済の7割以上を占めるサービス産業の生産性向上が重要な政策課題となっており、また、「地方創生」の観点から地域のサービス産業に対する関心も高まっている。世界的には、サービス産業の中でも特に「知識集約型事業サービス業」(KIBS)が注目されている。これはスキルの高い労働者を多く雇用している先進国型の産業であり、当該産業自身の成長ポテンシャルが高いだけでなく、製造業を含めてこれらサービスを中間投入として使用する他産業の生産性や国際競争力にも影響することが明らかにされてきている。

筆者は「生産と消費の同時性」という特徴を持つサービス業では、事業所が立地する地域の人口密度が計測される生産性に大きく影響することを示し、人口減少下でサービス産業の生産性を高めるためには、人口の地理的分布の「選択と集中」を図ることが望ましいと論じた。しかし、そこでの分析対象は対個人サービス業が中心で、事業サービス業は分析の範囲外となっていた。

2. 分析内容

そこで本稿では、知識・情報集約度の高い事業サービス業を対象に、それらの生産性を事業所・企業レベルのミクロデータ(「特定サービス産業実態調査」)を用いて、特に都市密度の経済効果に着目しつつ分析する。具体的な対象業種は、ソフトウエア業、情報処理・提供サービス業、インターネット付随サービス業、映像情報制作・配給業、音声情報制作業、新聞業、出版業、映像・音声・文字情報制作に附帯するサービス業、デザイン業、機械設計業、広告業、計量証明業、機械修理業、電気機械修理業の14業種である。

具体的には、労働生産性(対数)を被説明変数とし、事業所・企業が立地している市区町村の雇用密度(対数)を主な説明変数とするシンプルな回帰分析を行い、生産性の雇用密度弾性値を計測する。多数の労働者の集積した大都市ほど生産性が高いことが予想されるが、その定量的な大きさが主な関心事である。

3. 結果と政策的含意

分析結果によれば、第1に、これらサービス業が立地する市区町村の雇用密度が高いほど事業所・企業の生産性が高いという関係が観察され、製造業に比べて知識・情報関連サービス業における密度の経済性は強い。平均的には都市の雇用密度が2倍だとそこに立地するサービス事業所・企業の労働生産性は数%高いという関係がある(図参照)。しかし、第2に、この関係は業種によってかなりの違いがあり、映像情報制作・配給業、出版業、デザイン業、広告業といった知識・情報を創り出すタイプのサービス業種で都市密度の経済性が顕著である。第3に、これらサービス業において企業規模の経済性が存在し、また、雇用密度が高い都市ほど企業規模が大きい。第4に、出版業を対象とした分析によれば、総出版部数という物的な生産性指標を用いた場合、付加価値生産性指標で計測するよりも顕著な都市密度の経済性が観察される。

これらの結果は、今後の経済成長を支える知識・情報集約型サービス業にとって、都市密度が重要な役割を果たすことを示唆している。すなわち、日本の総人口が減少していく下で、都市集積を維持していくような「選択と集中」が望ましいことを再確認する結果である。ただし、業種によって雇用密度の係数にかなりの違いがあることは、東京・大阪をはじめとする大都市と雇用密度の低い中堅・中小都市とでは、振興の対象とすべきサービス業種が異なることを示唆している。たとえば、出版業、デザイン業、広告業といった業種は中小規模の地方都市で生産性を高めるのは難しいが、(1)ソフトウエア業、情報処理・提供サービス業といった情報通信技術の発展により距離の壁が低くなっている業種や(2)機械設計業、機械修理業といった製造業事業所との近接性が意味を持つサービス業種は、必ずしも大都市立地に強い優位性があるわけではなく、環境整備次第では地方の中堅・中小都市でもある程度の生産性を実現する余地があると考えられる。

図:雇用密度と知識・情報集約型サービス業の生産性の関係
図:雇用密度と知識・情報集約型サービス業の生産性の関係
(注)事業所・企業が立地する市区町村の雇用密度が2倍だと付加価値労働生産性が何%高くなるかを図示。ここでの数字は、雇用密度の高い都市ほど企業規模が大きいという規模の経済性を含めた推計結果に基づく。