執筆者 | 森川 正之 (理事・副所長) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)
1. 問題意識
2012年秋以降、円安の進行にも関わらず工業製品の輸出数量の伸びが鈍いことが懸念されてきたが、訪日外国人数は顕著に増加しており、旅行収支の大幅な改善につながっている。こうした中、経済成長戦略でも外国人旅行客の拡大は柱の1つとされており、政府は、訪日外国人旅行者数2000万人を目指し、さらに2030年には3000万人超とする目標を掲げている。為替レート変動の経済効果を考察する際には、サービス貿易にも注意を払う必要がある。
サービス産業の多くは、生産と消費の同時性という製造業とは異なる特徴を持っているため、立地する地域の経済活動密度が企業・事業所のパフォーマンスに強く影響する。しかし、観光関連のサービスは事情が異なり、顧客自身がサービス生産地を訪れ、そこでサービスを消費するという性質を持っている。地域に観光地としての強い魅力があれば、国内・海外を問わず遠隔地から集客することができる。つまり、観光産業の中核に位置する宿泊業は貿易可能性が高く、地域外から「稼ぐ力」のあるユニークなサービス産業である。
サービス産業の生産性を考える上で稼働率は非常に重要な指標であり、最近のいくつかの研究はITの生産性に対する効果が稼働率の向上を通じて実現していることを明らかにしている。宿泊業にとって総宿泊数の増加という量的効果に加えて、需要の時間的なパターンが日本人宿泊者と異なる点が外国人観光客のメリットであり、需要平準化を通じて計測される生産性にプラスに作用する可能性がある。この点を概念的に示したのが図1であり、2つの曲線は需要量の変動を表している。2つの曲線の平均値は同じだが、需要変動が大きいほど必要な供給能力(設備・人員)は大きくなるため、平均稼働率が低く、結果として計測される生産性は低くなる。
2. 分析内容
こうした問題意識の下、本稿では外国人旅行者が宿泊業の稼働率に及ぼした効果を定量的に分析する。外国人延べ宿泊数に対する為替レートの効果を概算した上で、宿泊施設の外国人宿泊比率が客室稼働率、定員稼働率に及ぼす効果を、観光庁「宿泊旅行統計調査」の都道府県別・宿泊施設タイプ別のパネルデータを使用して推計する。
具体的には、客室稼働率および定員稼働率を被説明変数とし、日本人・外国人を含めた延べ宿泊数、外国人宿泊比率、各月の日数、都道府県×宿泊施設タイプ固定効果を説明変数とするFE推計である。
3. 結果と政策的含意
推計結果によると、外国人宿泊者数の実質実効為替レートに対する弾性値は-2程度であり、1%円安になると外国人宿泊者数が2%程度増加するという比較的大きな関係である。最近の円安は外国人旅行客の増加に大きく寄与している。
次に外国人旅行者の宿泊業の稼働率への効果を推計すると、日本人を含む総宿泊数をコントロールした上で外国人宿泊比率の係数は有意な正値である。つまり、総宿泊者数が同じでも外国人宿泊者の割合が高いほど稼働率が高まる関係がある。量的には、外国人宿泊比率が1%ポイント高いと客室稼働率は+0.2%ポイント高くなる(図2参照)。この結果は月次データでの推計なので、需要の季節変動平準化の効果は含まれていない。そこで年次データで推計するとこの効果は約1.5倍(+0.3%ポイント)になる。この数字に基づくと、2011~2014年の3年間の外国人宿泊比率上昇は、需要平準化効果を通じて宿泊業の計測される全要素生産性(TFP)を+1%ポイント前後高める効果を持ったと概算される。
以上の結果は、外国人観光客の拡大が外需拡大という需要面だけでなく、サービス産業の生産性向上という観点からも有用な政策であることを示唆している。