執筆者 | 森川 正之 (理事・副所長) |
---|---|
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)
1. 問題の所在
日本企業の低収益性が問題として指摘されており、企業の利益率―「稼ぐ力」―をいかに向上させるかが盛んに議論されている。たとえば、「持続的成長への競争力とインセンティブ・報告書」(経済産業省, 2014年)は、「最低限8%を上回るROE(株主資本利益率)を達成することに各企業はコミットすべきである」と述べている。こうした中、最近、ROEの数値目標を設定・公表する大企業が増加している。
しかし、利益率の高い企業もあれば低い企業もある。結果として、利益率には企業間で大きなばらつき(dispersion)がある。たとえば、多くの企業がハイリスク・ハイリターンの行動を採ったとすれば、結果的に利益率の平均値は高く、ばらつきは大きくなる可能性がある。利益率向上のための対策を検討する上では、平均値だけでなく分布にも着目することが有益である。また、多くの企業は一定の収益率を計画しているが、外部環境次第で計画通りには実現しない。計画利益率と事後的な実績とでどのような違いがあるのかを見ることができれば、事前の収益計画における不確実性を評価することができる。
2. データおよび分析内容
こうした問題意識の下、「日銀短観」の企業データ(2004年3月調査~2014年9月調査)をオーダーメード集計した結果を利用し、売上高経常利益率のクロスセクションでのばらつき(dispersion)を中心に、事前の計画利益率と事後的な実績とを対比しつつ観察事実を整理する。また、「企業活動基本調査」(経済産業省)のミクロデータを使用して補完的な分析を行う。上場企業だけでなく、非上場の中堅・中小企業もカバーしている点に本稿の特長がある。
3. 分析結果と政策的含意
結果の要点は以下の通りである。第1に、利益率の平均値が低い時期に利益率のばらつき(標準偏差)が大きく、個々の企業にとって不況期に利益率が大幅に悪化するリスクがあることを示唆している。第2に、大企業は中堅・中小企業に比べて事業計画における利益率の平均値が高く、同時に企業間でのばらつきが大きい(図1参照)。リスクとリターンのトレードオフ関係を示唆している。過去のいくつかの研究は上場企業を対象とした分析により、日本企業の利益率が低いことの背景として利益率のばらつきの小ささを指摘しているが、ここでの結果は中堅・中小企業においてリスク回避傾向がより深刻な可能性を示唆している。第3に、当初計画から年度内の各四半期が経過するにつれて、利益率の平均値は低下し、同時に企業間での利益率のばらつきが拡大していく傾向が見られる(図2参照)。非常に大きな赤字を計上する企業の存在がこの結果に関わっていると見られる。
日本の大企業において利益率の数値目標を設定・公表する動きが最近活発になっているが、事前の計画と事後的な実績には大きな乖離が生じうる。本稿の結果は、企業の事業計画段階では予測できない下振れリスクが存在することを示している。しかし、高いリターンを生むためには高いリスクを取る必要がある。本稿の結果は、最近の企業統治改革の対象となっている上場大企業よりも、中堅・中小企業のローリスク・ローリターン傾向を示しており、非上場企業も視野に入れたより幅広い対応策が必要な可能性を示唆している。