執筆者 | 川濵 昇 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | グローバル化・イノベーションと競争政策 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト
現在の標準規格において、それを実現するには利用せざるを得ない特許(標準必須特許)が多数含まれる場合がしばしばある。このような標準必須特許について、標準化団体では特許保有者に、公正かつ合理的で被差別的な条件でのライセンスを確約するFRAND宣言を求めるのが通例である。近時、情報通信技術分野を中心にFRAND宣言がなされた特許の行使に関して紛争が相次ぐようになった。標準必須特許については、標準実施者が投資を行ってから高額ロイヤルティの支払を余儀なくされるといういわゆるホールドアップ問題や多数の特許が個別に行使された結果、ロイヤルティが不相当に高額化するロイヤルティスタッキングの問題があるため、その行使に一定の制約が必要であることは広く知られている。この問題は特許法と競争法の交錯領域であるとともに、標準化団体の特許・知財ポリシーの策定問題とその法的効力のとらえ方をめぐる契約法問題など多くの領域の問題が絡み合っている。
わが国ではこの問題の特許法上の側面と契約法上の側面については、アップル対サムスン事件の一連の判決(知財高判平成26.5.16)で一応の枠組みが作り上げられた。FRAND関連特許の行使に対する競争法の対応に関する分析はわが国では乏しい。本研究は、標準化活動に対する競争法上の評価を前提に、FRAND宣言が標準化活動のコンテクストでなされることの競争法上の意義に注目して分析を行った。それに基づいて、これまでわが国で十分に検討されてきたとは言いがたいFRAND宣言がどのように競争的ベースラインを与えるかを明らかにした。このベースラインから標準化プロセスを濫用する反競争的行為の諸類型を取り上げて、わが国独占禁止法上の分析枠組みを提示した。
具体的にはこの枠組みに依拠して、差止請求の制約について特許法上の制約の要件と異なった要件の設定が必要か否か、FRAND宣言下での合理的ロイヤルティ、さらに標準必須特許に関連した標準化プロセスの濫用と見なされる行為に独占禁止法をいかに適用すべきかを明らかにした。また、標準化団体の特許ポリシーに対する競争法の問題についても若干の考察を行った。すなわち、競争政策の立場からはFRAND宣言は標準必須特許権者が標準化活動により市場支配力を獲得することを防ぐためのものであり、合理的ロイヤルティもその範囲内で確定されることや、FRAND宣言を含む標準化活動の趣旨潜脱するような形で独占力を獲得すると見なされる行為にどのようなものがあるかを検討した。
標準必須特許の濫用の危険性を重視する立場と、特許の尊重も重要だという立場の間で議論が続いている。前者が競争重視、後者が特許重視という古典的なアンチパテント対プロパテントの事例と誤解されそうであるが、本研究により、ともになんらかの競争法の積極的な利用の主張と結びつくことが明らかとなり、むしろ、具体的にどのような競争制限を問題とすべきかという競争法の問題と直結することを明らかにした。