ノンテクニカルサマリー

アジアへの輸送玄関 那覇ハブ空港の可能性

執筆者 伊藤 匡 (アジア経済研究所)
岩橋 培樹 (琉球大学)
石川 良文 (南山大学)
中村 良平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済グローバル化における持続可能な地域経済の展開
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済グローバル化における持続可能な地域経済の展開」プロジェクト

2009年10月、沖縄県那覇空港を物流ハブとする新たな国際物流経路が誕生した。日本とアジアとを結ぶ新たな物流経路として、これまで以上に効率的で競争力の高い貨物輸送を実現し、対アジア貿易の拡大に貢献することが期待されている。同時に沖縄県では、国際物流拠点の形成を沖縄振興策の柱の1つに捉え、県の経済振興、雇用改善につなげていきたいという意向を抱いている。本論文では、以下の2点につき経済学的見地から分析および考察を行った。
(1)沖縄の国際物流拠点が我が国の対アジア貿易拡大にどの程度寄与できるか。
(2)同拠点が沖縄県の持続的な地域発展にどの程度貢献しうるか。

(1)対アジア貿易拡大にどの程度寄与できるか
沖縄貨物ハブでは現在、国内の4地点(成田、羽田、関西、中部)およびアジア8地点(ソウル、青島、上海、台北、香港、バンコク、広州、シンガポール)を結ぶネットワークを構築している。これによって那覇空港の貨物取扱量は飛躍的に増加し、年間の貨物総取扱量は約18万トンとなっている。沖縄物流拠点の強みは、日本国内からアジア各国への迅速な配送を可能にしている点である。財の需要量は、その価格が最も重要な決定要因であるが、それに加えてJust-in-time方式の生産や生鮮品の輸送、消費者の迅速配送への選好などにより、輸送時間も財需要量の決定要因として近年とみにその重要性を増してきているものと考えられる。そこで、財分類ごとに貿易量に対する輸送コストの弾力性および時間の弾力性を推定し、その上で現状の東京発の貨物便を那覇物流拠点経由に変更することによる時間と輸送費用の変化が輸出にどのような影響を与えるかにつき、シミュレーションを行った。その結果、たとえば輸送費用に変化が無い一方で輸送時間が30%削減されれば、対アジア輸出額が約10.6%増加することなどが明らかになった(下表を参照)。これは、額にすれば約8000億円に相当する。また、アジア各国ごとに、どのような財が那覇経由に馴染むか、どれくらい貿易額増が期待できるかを推定した。

那覇貨物ハブを活用した場合の対アジア貿易額増加率(シミュレーション結果)
時間10%減時間20%減時間30%減時間40%減時間50%減
コスト変化なし3.5%7.1%10.6%14.2%17.7%
コスト10%増0.0%0.1%0.6%1.5%3.5%
コスト20%増0.0%0.0%0.0%0.2%0.6%
コスト30%増0.0%0.0%0.0%0.0%0.1%

(2)沖縄貨物ハブによってもたらされる経済効果
沖縄振興開発計画(沖縄21世紀ビジョン)では、沖縄物流拠点構想を観光産業とならぶ沖縄経済の柱ととらえ、アジアとの交流をもとに自立経済を志向することが盛り込まれている。本論文では、現状での経済効果を推定することで、沖縄貨物ハブがどの程度、県の持続的な経済発展に貢献しうるか考察を行った。

物が沖縄を経由することで、航空貨物輸送サービスに対する中間財需要が発生し、その一部は沖縄県企業に帰属する。そうした中間財需要およびそこから派生する経済効果を一次波及効果という。加えて、一次波及効果によって生み出された雇用者所得のうち消費にあてられた分が新たに生み出す経済効果を二次波及効果という。本論文では、筆者が独自に作成した2010年沖縄県産業連関表(344部門)を用いて、消費内生型の産業連関モデルにもとづく経済効果の推定を行った。その手順、ならびに推定結果は次のようなものである。

貨物輸送サービスによる経済効果(推定)
那覇空港、貨物輸送サービスによる生産額 = 162億円
 ×『運輸部門を中心とした産業連関表(国土交通省)』投入係数行列
沖縄県に帰属する中間財需要
運輸付帯サービス 8.6億円
対事業所サービス 5.9億円
石油製品 4.6億円
航空機修理 4.3億円 etc  (合計46.4億円)
 ×『沖縄県344部門産業連関表』消費内生型レオンチェフ行列
沖縄県内の経済波及効果 = 84億円
(一次波及効果+二次波及効果)

加えて、沖縄とアジアとを結ぶ物流経路が生まれたことで、沖縄県産品のアジアへの輸出額は年々増加傾向にある。こうしたアジアへの県産品市場拡大がもたらす経済効果も同様のモデルに基づいて推定したが、その結果は17.3億円であった。現状では、貨物輸送サービスによってもたらされる経済効果、県産品の輸出拡大によってもたらされる経済効果は合計でも県内総生産の0.3%にも満たず、県内総生産へのインパクトはごく小さいと言わざるをえない。その理由として、第1に、輸出相手国が一部の地域に限定され、それゆえに沖縄ハブのネットワークが十分に活用されているとはいえないこと、第2に、県内サプライヤーが海外との取引経験に乏しく、加えて海外での沖縄県産品の知名度が低いため、バイヤーとサプライヤーのマッチングが不十分であることを指摘した。そして第3に、付加価値の波及効果が小さく、県産品の地域連関効果が不十分であることを指摘した。泡盛のコメ、ドライフルーツの果実が輸入品であったりすることが典型的な例である。政策的含意として、こうした問題を解消するべく、県が主体となって、販路の拡大、県産品のPR、マッチングの促進に努めることが期待される。また同時に、生産から加工、販売を行う県内のサプライチェーンを育成することが重要になってくると考える。