執筆者 | 蓬田 守弘 (上智大学) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)」プロジェクト
背景と目的
2011年、米国カリフォルニアに拠点を置く太陽電池製造会社のソリンドラが経営破綻した。ソリンドラの破綻を受けて、米国政府エネルギー省の広報官は、「将来的に、国内に太陽光発電産業を根付かせたければ、手厚い補助金を受けた中国企業と米国企業が競争できるかどうかを確かめることが必要だ」と述べた。こうした発言を裏付けるかのように、2012年米国は中国からの太陽電池セル・モジュール輸入に対して反ダンピング関税および相殺関税を発動した。
世界銀行のマトゥー(Mattoo)とピーターソン国際経済研究所のサブラマニアン(Subramanian)は、米中太陽電池貿易紛争が、再生可能エネルギー利用を通じた地球温暖化対策へ悪影響を及ぼすとの理由から、太陽電池など環境関連物品のWTO補助金・相殺措置ルールについて修正案を提示した。太陽電池補助金には環境を改善する便益があるが、現行のWTOルールのもとでの貿易救済措置は、こうした便益を損なう恐れがある。したがって、現在のWTO補助金・相殺措置ルールを修正すべきだというのが彼らの主張である。
本稿の第1の目的は、米中の太陽電池貿易紛争を事例として、米国商務省や米国国際貿易委員会の資料をもとに太陽電池の補助金や貿易構造の実態を解明することにある。また、マトゥーとサブラマニアンによるWTO補助金・相殺措置ルールの修正をめぐる議論は記述による説明のみであることから、本稿の第2の目的は、彼らの議論を国際貿易論の標準的なモデルで再検討することにある。
米中間の太陽電池貿易
米中貿易紛争で米国政府が調査対象としたのは、結晶シリコン系太陽電池のセルとモジュール(Crystalline Silicon Photovoltaic Cells and Modules)である。セルとは太陽電池の基本単位であり、太陽電池そのものを指す。モジュールとは、セルを必要枚数配列したものでありパネルとも呼ばれる。米中間では、太陽電池製造装置やポリシリコン、ウェーハーなどの中間財については、米国が中国に対して一方的に輸出し、最終財の太陽電池セルとモジュールでは、中国から米国への輸出が米国の対中輸出を大幅に上回っている。つまり、太陽電池産業では米中間で垂直的な工程間分業が生じている。
米国による補助金率の算定と相殺関税の発動
米国政府による中国製太陽電池の相殺関税調査は2度行われた。初回調査の最終的な補助金率は14.78~15.97%であった。中国製品の輸入購入に対して中国輸出入銀行が行った優遇金利貸し付けが輸出補助金と見なされ、調査対象プログラムの中で最も高い10.54%の補助金率が算定された。初回調査の結果、2012年に相殺関税の賦課が確定した。この貿易救済措置では、第3国製セルを使った中国製モジュールは関税賦課の対象外とされたが、この決定が中国企業による関税回避を可能にした。中国企業は国内で生産したウェーハーを台湾へ輸出し、そこでセルへ加工した後に再び中国へ輸入しモジュールを生産、生産されたモジュールは"台湾製"モジュールとして米国へ輸出されたため、中国企業は相殺関税を回避することができた。
この関税の"抜け穴"を塞ぐため、米国政府は2014年に再度調査を実施した。この2回目の調査では、初回に対象外とされた第3国製セルを投入し中国で組み立てられたモジュールが対象となった。ソーラーガラスの適正価格未満での調達など、新たな補助金が認定された結果、最終的な補助金率は27.63~49.79%と初回調査よりも高く算定された。2015年、米国政府は最終決定を下し、第3国製セルを使った中国製モジュールに対し相殺関税を発動した。
中国政府による報復
米国商務省が太陽電池セルの予備調査結果を公表した直後の2012年7月、中国政府は太陽電池製品などの分野における米国の対中国相殺関税措置についてWTOに協議要請した。また、2014年1月、中国政府は太陽電池向けのポリシリコンの米国からの輸入に相殺関税を賦課した。中国政府のこうした行動は、米国に対する報復措置だと考えられる。
WTO補助金・相殺措置ルールと国際貿易理論による分析
マトゥーとサブラマニアンは、太陽電池など環境関連物品については現行のWTO補助金・相殺措置ルールを次の表1に示される形で修正すべきだと提案した。その根拠は、中国の補助金が中国と米国の太陽電池利用を促すことで、両国の温室効果ガス排出を削減し環境改善の便益をもたらすということにある。
補助金のタイプ | WTO補助金・相殺措置ルール | マトゥーとサブラマニアンの提案 |
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環境関連物品・技術への輸出補助金 | 禁止 | 一定条件のもとで相殺関税・WTO協議 要請対象とする |
環境関連物品・技術への国内補助金 | 相殺関税・WTO協議要請対象とする | 相殺関税・WTO協議要請対象としない |
本稿では、米中の二国を想定した競争市場の部分均衡モデルによってマトゥーとサブラマニアンの議論を再検討した。その結果は表2のとおりであり、輸出補助金の場合、彼らの指摘した環境改善の効果は必ずしも生じないこと、また、生産補助金の場合には、彼らの指摘とは逆に、相殺関税が環境改善の便益を拡大することがわかった。こうした結果は、マトゥーとサブラマニアンの主張が競争市場では必ずしも支持されないことを示す。ただし、太陽電池生産には規模の経済性があることから、今後、不完全競争を考慮したモデルで、彼らの主張が成立するか更なる検討が必要である。
太陽電池の消費にともなう環境改善の便益 | 中国の輸出補助金 | 米国の相殺関税 | 中国の生産補助金 | 米国の相殺関税 |
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中国の消費に伴う環境改善便益 | マイナス | プラス | プラス | プラス |
米国の消費に伴う環境改善便益 | プラス | マイナス | プラス | マイナス |
両国の消費に伴う環境改善便益 | ? | ? | プラス | プラス |