執筆者 | 郷古 浩道 ((株)豊田中央研究所) |
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研究プロジェクト | 東アジア産業生産性 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト
自動車は一般に、多くのメーカーが複雑な取引関係を結んで生産される。日本の自動車産業の取引構造は、欧米と比べて、クローズかつ長期継続であることが特徴だとされている。自動車を生産するためには、さまざまな部品・工程において、高度なすりあわせが要求されるために、このような取引構造と日本の自動車産業の競争力との関係を論じる文献も多い。
本研究の分析対象となった1989年から2010年までの期間、自動車産業は市場面でも技術面でも大きく変化している。市場面では、小型車の増加や低価格化の普及、車種の多様化、製品ライフサイクルの短期化が進んでいる。電子化、モジュラー化などの技術・生産面での変化も進んでいる。
この変化は将来さらに進む可能性もあり、自動車メーカーに与えてきた影響を理解することは非常に重要である。中でも、取引構造の変化という視点で分析することは、日本の自動車産業の競争力を展望、あるいは欧米などとの違いを理解するために意義が大きい。そこで本研究では、完成車メーカーと一次サプライヤーの取引関係を分析した。分析の対象になったのは、200種類以上の自動車部品についての国内主要8メーカー(トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱、スズキ、ダイハツ、富士重工業)の取引である。
主な結果は以下の通り。
(1)取引のオープン化は、期間を通じて少しずつ進んでいる(図)。2000年代においてその要因となっているのは、完成車メーカーが取引先を増やしていることではなくサプライヤーが取引先を増やしていることである。
(2)オープン化よりもかなり早いペースで、完成車メーカーと既存のサプライヤーの取引関係の「組み換え」が起こっている。
(3)長期的に取引を維持している部品、長期的に取引関係を維持しているサプライヤーは依然として多く存在する。他方、数年程度の短期間の取引をするサプライヤーも期間を通じて一定程度存在しており、部品別に頻繁に取引先を見直す傾向が近年強まっている。
(4)完成車メーカーによって、部品調達先の数やサプライヤーとの取引を継続する期間が異なる。特に近年、一部の完成車メーカーで部品別に取引先を頻繁に変更する傾向が強まっている。完成車メーカーの戦略の違いが、取引関係に表れていることが示唆される。
これらの結果は、取引構造という側面では、日本の自動車産業の特異性(クローズ・長期継続)が弱まっていることを示している。ただし、割合としてはクローズ・長期の取引が依然として多いこと、完成車メーカー系列によって取引構造がかなり異なることには留意する必要がある。
また、サプライヤーのパフォーマンスに注目することの重要性も確認した。というのも、分析期間中、サプライヤーの取引関係の変化が大きいことや、ごく少数(1つあるいは2つ)のサプライヤーが市場を独占している部品がかなり多いことも分かったからである。自動車産業を分析する場合、従来は完成車メーカーを中心としたものが多かったが、サプライヤーを研究することがより重要になっている。
今後の課題は、取引構造のあり方やその変化がメーカーのパフォーマンス(生産性や研究開発活動など)に与える影響について、部品の特徴も考慮しつつ分析することである。それによって、「クローズ・長期取引が望ましいのはどの部品か」とか「将来もっとモジュラー化が進んだ場合に自動車産業の競争力はどうなるのか」という問いに回答することができる。
近年、企業間の取引関係に関する大規模なデータを用いた研究が増えている。本研究で示したように、部品別に取引構造は大きく異なる。少なくとも自動車産業(製造業)について取引データを用いた研究をする場合には、取引部品まで考慮すべきことをこの研究は示している。
自動車産業における市場や技術の変化がその競争力に与える影響について分析し、適切な政策を実行するためには、部品やメーカー別にできるだけ詳細かつ包括的に現状を把握することが重要である。本稿の分析はそのための基礎的な分析を提供している。