ノンテクニカルサマリー

未上場企業によるIPOの動機と上場後の企業パフォーマンス

執筆者 細野 薫 (学習院大学)
滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

非上場企業による新規株式公開(IPO)は、既往の投資資金を回収する機会であると同時に、重要な新規資金調達の手段である。このため、IPOを実施するかどうかで、その後の企業行動やパフォーマンスが大きく変わる可能性がある。とりわけ、研究開発などの無形資産への投資は、有形固定資産への投資と異なり、担保となりにくいため、銀行融資による資金調達が困難であり、IPOなど資本市場を通じた資金調達によって促進される可能性がある。しかし、IPOが企業の投資行動や収益性・生産性などのパフォーマンスに与える影響に関する内外の研究は少ない。これは、未上場企業は財務諸表の報告義務がないため、データが入手しにくいことによる。図に示すように、日本のIPO件数は、米国と比べると少ないものの、1990年代以降、リーマンショック後を除いて、IPOが活発に行われている。そこで本稿では、IPOの動機と、その後の企業パフォーマンスについて、「企業活動基本調査」(経済産業省)と『株式公開白書(旧株式上場白書)』(プロネクサス(旧亜細亜証券印刷))を用い、日本の1995年から2011年の期間の企業データを使って実証的に分析を行った。

まずIPOの意思決定に関するProbitモデルを推計した。その結果、規模、ROA、全要素生産性(TFP)が高く、負債比率および費用比率が低い企業はIPOをする確率が高い、つまり収益性、健全性が高い企業がIPOをしやすいとの結果が得られた。一方で、売上高伸び率や設備投資比率については有意な結果は得られず、成長性が高い企業がIPOをする傾向が強いわけではないことが明らかになった。

次に傾向スコアマッチング法(Propensity Score Matching)によって比較対照(コントロール群)を選定し、IPO企業とコントロール群で、IPOの前後で設備投資比率、研究開発費比率、全要素生産性(TFP)、ROAの変化に差があったかどうかを差の差の検定(Difference-in-Difference: DID)を用いて分析した(注1)。結果は表の通りである。設備投資比率は、ミディアン値の比較ではt+1期からt+6期まですべての期において、IPO企業のほうが非IPO企業よりも有意に大きい。平均値ではt+1期、t+2期、t+4期で有意な差が見られる。研究開発費比率は、ミディアン値の比較では、t+1期からt+6期までIPO企業のほうが非IPO企業よりも有意に大きい。平均値の比較では、t+2期とt+5期で、IPO企業のほうが非IPO企業よりも有意に大きい。TFPは、ミディアン値の比較では、t期からt+1期まで、またt+3期において、IPO企業のほうが非IPO企業よりも有意に大きい。ミディアン値でみて、非IPO企業とのTFPの差が最も大きくなるのは、t+1期である。他方、平均値の比較では、有意ではない。ROAは、平均値、ミディアン値いずれでみても、t期からt+6期まではIPO企業のほうが非IPO企業よりも有意に大きく、両者の差は期を追うごとに大きくなっている(注2)。

以上から、IPOにより企業は設備投資および研究開発、TFP、および収益を増加させることがわかる。表より、t+1期では、ミディアン値でみて、IPO企業は非IPO企業に比べて設備投資比率が8.3%ポイント、研究開発費比率が0.6%ポイント、TFPの対数値が3.0%ポイント、ROAが6.5%ポイント大きい。IPO企業のIPO前年までの設備投資比率のミディアン値が12.0%、研究開発費比率のミディアン値が0.4%、TFPの対数値が-0.1%、ROAが6.5%なので、IPOによる資金調達効果および生産性向上効果は経済的にみても大きいことがわかる。

また、サンプルを企業年齢の高低、産業別外部資金依存度の高低、研究開発費比率の高低により分割した分析も行った。その結果、IPO後のTFPの上昇は、企業年齢が若い企業、および、外部資金依存度が高い産業(不動産業、石油・石炭製品製造業、一次金属製造業等)に属する企業において、顕著に見られた。また、これらの企業は、IPO後に負債比率を高めていることも明らかになった。これらの結果は、IPOが単に株価のミスプライシングを利用するためだけではなく、外部資金制約を緩和し、その後の設備投資、研究開発、収益性および生産性の向上に役立っていることを示している。本稿の結果は、IPO市場の透明性の確保など、IPO市場を活性化させる政策が、企業の投資や研究開発を促し、マクロ経済の成長を高める可能性があることを示唆している。

図:IPO件数の日米比較
図:IPO件数の日米比較
(出所)日本のIPO件数:「株式公開白書(旧株式上場白書)」「東京証券取引所新規上場会社データ」
米国のIPO件数:Ritterの「Initial Public Offerings: Updated Statistics 」(http://bear.warrington.ufl.edu/ritter/ipodata.htm)
表:IPO前後の企業パフォーマンスの比較
表:IPO前後の企業パフォーマンスの比較
[ 図を拡大 ]
注)***、**、*はそれぞれ、1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す。
脚注
  • ^ IPOをした企業(処置群)とそうでない企業(コントロール群)を比べるとき、その他の観測できる要素ができるだけ近いもの同士を比較する手法である。
  • ^ 設備投資比率、研究開発費比率およびROAは、IPO後の累積値である。また、これらの変数の他、ディスカッションペーパーでは、労働生産性や従業者数、負債比率を用いたIPO前後のパフォーマンス比較を行っている。