北米自由貿易協定圏における在メキシコ日系現地法人の投入・産出連関

執筆者 近藤 恵介 (研究員)
研究プロジェクト RIETIデータ整備
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「RIETIデータ整備」プロジェクト

研究の背景・動機

本研究の問題意識は、経済のグローバル化が進む中で、外国の貿易自由協定・経済連携協定 (FTA/EPA)のネットワーク内で日系現地法人がどのような販売・調達を行っているのかを分析することである。1990年代以降、数多くの2カ国間・複数国間FTA/EPAが結ばれているが、必ずしも貿易の自由化を象徴する訳ではないことが指摘されている。つまり、協定が結ばれている域内では貿易自由化が進む一方で、域外国に対しては相対的に貿易コストが高くなってしまうことが理由であり、これは「隠れた保護 (hidden protection)」として指摘されている (Krishna and Krueger, 1995)。

本研究の特徴は、海外現地法人の第3国との調達・販売を分析に含めている点である。従来、日本(本国)と外国(相手国)という2カ国間で貿易に関する議論がよくなされてきた。一方で、今日では世界的な生産ネットワークが築かれており、海外の日系現地法人は本国の日本とだけでなく、第3国とも頻繁に貿易を行っており、その実態を把握することが必要とされている。特に、相手国が結ぶFTA/EPA域内の第3国に対して輸出する際にどのような調達がなされているのか明らかにすることは貿易政策においても重要な含意を与えると考えられる。このような問題意識のもと、本研究では、北米自由貿易協定(NAFTA)に焦点を当て、在メキシコ日系現地法人が米国・カナダ向け輸出の際にどのような調達を行っているのかを実証的に分析している。

1980年・1990年代はメキシコのマキラドーラ制度を利用し、無関税で日本や他国から原材料・中間財を仕入れて、メキシコで組立・加工を行い、米国へ製品を輸出するという輸出基地型の生産ネットワーク体制がメキシコを中心に築かれていた。しかし、NAFTA発効に伴い、マキラドーラ制度を利用していた在メキシコの海外現地法人は2重の意味で生産ネットワークの再編を余儀なくされるようになる。1つは、米国・カナダ向け輸出に対するマキラドーラ制度の廃止であり、これまで無関税で調達可能だった時に比べ大きなコスト増加となる(その後PROSEC、日墨EPAなどの新たな制度によって補完)。2つ目は、NAFTAの原産地規則であり、たとえばメキシコから米国向けの輸出であっても、NAFTA域内産の原材料・加工の基準を満たさなければNAFTAの特恵関税率の適用を受けることはできない。特に2点目が中間財貿易に大きな影響をもたらすことになり、主にNAFTA域内で生産ネットワークを持つ企業にとっては貿易自由化の恩恵を受けることはできても、NAFTA域外国に対しては相対的にコストが掛かってしまうことになる。

図1は、米国とメキシコにおける日本企業の進出状況の推移を示している。データは2006年以降のみに限られてしまうが、米国への日本企業の進出は一貫して上昇傾向であることがわかる。一方で、メキシコへの日本企業の進出は「大不況 (Great Recession)」の時期の後から徐々に増加傾向にあり、特に自動車産業を中心にここ数年で非常に多くの企業が進出している。その背後として、日本やアジアを中心とした生産ネットワークからNAFTA向けに輸出するよりは、NAFTA域内での生産ネットワークをより強化することで当該域内での競争力を高めようとする日本企業の意図が一因として読み取れる。

図1:米国とメキシコにおける日本企業進出の推移
図1:米国とメキシコにおける日本企業進出の推移
注)外務省「海外在留邦人数調査統計」より筆者作成。

データ分析

本研究では、経済産業省の「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」を用いて、在メキシコ日系現地法人の個票パネルデータを構築している。海外事業活動基本調査では北米(米国・カナダ)という区分で輸出・輸入の内訳を調査しており、在メキシコ日系現地法人に焦点を当てることで、NAFTA域内における米国・カナダ向け輸出とメキシコ国内向け販売のそれぞれに対し、NAFTA域内からの調達とNAFTA域外からの調達がどのような連関構造で行われているのかが分析可能となっている。

基本的な分析枠組みの概念図は図2で表されており、それぞれの販売フロー(実線)がどの国からの調達フロー(破線)によって統計的に有意に説明されるのかを分析する。分析の結果、在メキシコ日系現地法人による米国・カナダ向けの輸出と日本からの調達という連関は統計的には有意ではなく、むしろ米国・カナダからの調達が有意であることがわかっている。一方で、メキシコ国内向け販売は、日本・米国・カナダ・メキシコからと調達先は非常に多様化されていることが分かっている。

図2:在メキシコ日系現地法人を中心としたNAFTA域内・域外との投入・産出の連関
図2:在メキシコ日系現地法人を中心としたNAFTA域内・域外との投入・産出の連関
注)筆者作成。破線が調達フロー、実線が販売フローを表す。それぞれの販売フローに対する有意な調達フローを統計的方法により分析する。

政策的含意

2015年10月にTPPが大筋合意に至ったことが発表されたが、本研究結果はTPPと密接に関連しており、重要な政策的含意を持っている。日本企業は世界的な生産ネットワークを築く際に高付加価値の中間財の生産を日本国内に残し、日本から主に輸出することを考えるかもしれない。しかし、海外諸国が各々でFTAの締結を加速させることによって、日本はコスト競争力の面でより不利になる可能性を秘めているのである。つまり、日本から輸入した高付加価値の中間財を用いた最終財を相手国から第3国へ輸出する際には、相手国FTAの原産地規則を満たせない可能性があり、FTA特恵関税率を享受できなくなる。その際、コスト競争力を大きく失うようであれば、生産ネットワークの再編も余儀なくされてしまう。一方で、TPPのような広域の自由貿易圏を構築することによって、日本企業は既存の生産ネットワークを生かして、海外市場でも不利なく競争が行えるようになることを示している。競争力を高められるような生産ネットワークを構築するためには、個々の2カ国間FTA/EPAを越えて、広域的な自由貿易圏を作っていく必要性が求められる。

文献
  • Krishna, Kala and Anne O. Krueger (1995) "Implementing free trade areas: Rules of origin and hidden protection," in Levinsohn, James, Jim Levinsohn, and Alan V. Deardorff eds. New Directions in Trade Theory, Ann Arbor: University of Michigan Press, Chap. 6, pp. 149-187.