執筆者 |
劉 洋 (研究員) 川田 恵介 (広島大学) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
地方から都市部への急激な人口移動は、経済成長の過程で普遍的に観察される事象である。とくに巨大な農村人口を有する中国において、今後予想されるさらなる人口移動に伴い生じるさまざまな社会問題の円滑な解決は、中国政府にとって重要な政策課題である。またこれらの問題の解決、それに伴う中国社会の安定化は、経済的にきわめて深い相互依存関係にある日本経済に対しても、直接的、間接的に大きな恩恵を与えると思われる。
本稿では現在の中国都市部において労働者が置かれている状況、とくに都市出身者と地方出身者(移民)との間の賃金格差について実証分析を行い、今後の政策運営を行う上での基礎的な分析結果を提供する。まず標準的な回帰分析より、地方出身者と都市出身者間の賃金格差が実際に存在するのか否かを明らかにした。結果多くの定式化において、地方出身者の賃金は12%~13%程度、都市出身者に比べて低いことが明らかとなった。
都市出身者 | 地方出身者 | t値 | |
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男性比率 | 0.6 | 0.57 | 1.32 |
年齢 | 37.82 | 38.22 | -0.77 |
対数賃金 | 2.04 | 1.87 | 3.66*** |
フルタイム就業者割合 | 0.9 | 0.84 | 3.89*** |
管理職割合 | 0.35 | 0.32 | 1.02 |
教育年数 | 11.78 | 11.62 | 0.91 |
就業年数 | 10.53 | 9.48 | 2.17** |
居住年数 | 37.82 | 15.56 | 43.83*** |
健康指数 | 4.09 | 3.92 | 3.73*** |
就業地の有効求人倍率 | 1.01 | 1.02 | -0.75 |
就業地の物価水準 | 3.78 | 3.25 | 4.04*** |
就業企業の従業員数 | 1378.83 | 995.27 | 1.74*** |
次にこのような賃金格差を生じさせる要因について、考察を行った。図1では各属性について、都市出身者、地方出身者、それぞれの平均値、およびその差の検定結果を示している。この結果から都市出身者は地方出身者より就業年数、居住年数とも長く、また健康状態も良好であることが示されている。またより物価水準の高い都市、従業員数が多い企業で就業していることも明らかである。
それではこのような違いが、賃金格差にどの程度影響を与えているのであろうか? 本稿の最後では、Blinder-Oaxaca分解の手法を用いて、各属性の違いが賃金格差に与える影響について分析を行った。結果、就業地の物価水準、就業年数、および就業企業の従業員数の違いが賃金格差により強い影響を与えていることが明らかになった。就業地の物価水準については、就業している都市の発展度合い、景気状況の違いを反映していると考えられ、無裁定条件が成り立つほど、労働移動が柔軟に成されていないことを示している。また中国においても就業年数は賃金に正の影響を持ち、就業年数がより短い傾向にある地方出身者の賃金押し下げ要因となっている。企業規模については、地方出身者のほうが小規模企業に勤める傾向にあり、これが賃金を押し下げていることを示している。
最後に本稿の分析を通じて、供給(労働者)側の要因は賃金格差にあまり大きな影響を与えていないことが明らかになった。これは仮に学歴などの労働者属性が等しかったとしても、都市出身者と地方出身者の間に賃金格差が存在することを示しており、需要に働きかける政策(出身地による"差別"の禁止)や労使間のマッチングを改善する政策の重要性を示唆している。