国有企業と競争中立性:中国のカラーテレビ、エアコンおよび携帯電話市場での検証

執筆者 渡邉 真理子 (学習院大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)」プロジェクト

競争戦略を計測する

企業が市場で競争するための戦略は多様である。企業は、消費者に便益を提供しそれを下回る価格を消費者から受け取る。そして、その価格を下回るコストで財を提供することができたとき、企業は社会に対して正の「取引の利益」の機会を提供し、正の利益を受け取ることになる。消費者が評価する便益が多様であり、それゆえに企業は差別化をすることで市場に参入し利益を上げ続けることができる。実証産業組織論の手法は、こうした差別化した企業の多様なポジショニングを計量的に把握することを可能にしている。この手法を用いることで、企業が採用した戦略、競争のポジショニングが企業のその他の属性とどのような関係があるのかを理解することができる。

筆者は現在、中国の複数の市場データの分析を通じて、中国の産業発展のプロセスの過程で、企業がどのような戦略をとり、それが市場全体の状況、特に消費者余剰、社会厚生にどのような影響を与えたのかを分析している。今回参加したプロジェクトのテーマである通商政策の国有企業の行動規制の是非および適用の範囲についても、この手法を用いて、果たして国有企業の存在が、市場競争の質、つまり消費者余剰と企業の利益を合わせた社会厚生の向上に貢献したのか、という視点からの分析を行った。

中国エレクトロニクス市場での競争戦略の分布:分析結果

エアコン、カラーテレビ、携帯電話の3つの産業について、ブランド、財の機能および価格と販売数量に関する中国の30都市のデータを用い、それぞれの財について差別化された競争を想定した需要関数を推計した。需要関数の推定値から各市場において、消費者平均でそれぞれの財から得られる金額ベースの効用値が推定できる。この効用の金額をもとに、そもそも消費者がその財に対して与えた評価、つまり便益を計算することができる。

この便益の推定値から、企業が商品の市場投入にあたって、どのような便益と価格の組み合わせを選択しているのかを観察することができるようになる。たとえば、同じ水準の消費者余剰を提供していても、より便益が高い財を提供しているのか、より価格が低い財を提供しているのか、というように、実際の企業の戦略は多様である。この組み合わせの分布を視覚化するために、価格‐便益無差別曲線を描いた。これは、その都市および年の市場で最も台数が売れた水準の消費者余剰を提供した財について、便益と価格の分布を描いたものである。一方、特定の企業が市場に提供するすべての財について、価格と便益の組み合わせの分布をみる、価格‐便益供給曲線を描いて観察する作業をした。このような価格便益曲線を描く作業を通じて、各企業の戦略を把握する作業を行った。

主な発見は次のとおりである。本稿の主な関心である、国有企業と市場競争の質については、価格‐便益供給曲線における観察を通じて、次のようなことが確認できた。(1)エアコン市場については、国有、民営、外資という所有制と企業の戦略(コスト優位か便益優位か)の間には明確な相関はみられないといえる。外資は、便益優位の領域が民営、公有企業よりも広く、全体としてコスト優位、便益優位の商品をまんべんなく市場に提供していた(図1a参照)。(2)一方、カラーテレビ産業、携帯電話産業では、民営企業と公有企業は、コスト優位戦略に集中し、外資系企業は相対的には便益優位戦略をとっている(図1b、1c参照)。さらに、(3)テレビと携帯電話市場では、民営企業、国有企業が市場に参入している便益の領域では、価格は便益と独立に水平、つまり便益の大小にかかわらず価格が一定に決まっていることが観察される。

図1a:企業の供給する価格と便益の組み合わせ:エアコン 2010年
図1a:企業の供給する価格と便益の組み合わせ:エアコン 2010年
注:実線は公有支配企業、細点線は民営企業、1点鎖線は外資系企業である。
出所:Watanabe (2015).
図1b:価格と便益の組み合わせ:テレビ 2007年
図1b:価格と便益の組み合わせ:テレビ 2007年
注:実線は公有支配企業、細点線は民営企業、1点鎖線は外資系企業である。
出所:Watanabe (2015).
図1c:価格と便益の組み合わせ:携帯電話 2008年
図1c:価格と便益の組み合わせ:携帯電話 2008年
注:実線は公有支配企業、細点線は民営企業、1点鎖線は外資系企業である。
出所:Watanabe (2015).

略奪的価格づけが起きているのか?

このように価格が便益と独立に決まっているとき、企業からみると、高い便益を提供しても、高い価格をつけることができていないことを意味する。この状況は、市場メカニズムになんらかの歪みが存在していることを示している可能性がある。

本稿では、OECDの国有企業中立規制が指摘する問題の1つ、ソフトな予算制約を背景にライバルを排除するような低い価格設定をする主体が存在する場合は、差別化が行われた市場にも関わらず、その差別化の効果が市場の均衡価格に反映されなくなる可能性があるのではないか、と考えた。

そこでこの仮説が成立しているのかを確認するために、ソフトな資金制約に直面した企業が市場競争に参加している場合の市場の均衡がどうなるかを考察し、その仮説のテストを行った。Hotellingの差別化モデルをもとに、競争に参加する企業2社の最適戦略を導き、一方がソフトな予算制約故にコストを下回る価格設定をする状況について考察した。

この理論モデルによると、ソフトな予算制約のもとにある企業は、ソフトな予算制約を示す借り入れが大きければ大きいほど、価格を下げることができる。そして、この企業のライバルは高い便益を提供してもそれを価格に反映することができなくなることが分かった。そして、均衡する市場シェアは、価格や便益の差ではなく、ソフトな予算制約を示す借入額によって決まってくることが示された。これは、OECDの競争中立性規則が、反中立的と指摘している略奪的価格づけ(Predatory Pricing)のメカニズムを説明した理論モデルでもある。

理論的にはソフトな予算制約にある企業は、自分の財の便益優位を利用して高い価格を設定できることになっている。しかし、実際のところ便益の推定値から、民営企業と公有企業の提供する便益は平均での差がないことがわかっている。このため、公有企業の便益は民営企業のそれと有意な差を持っていないため、価格設定に便益の大きさを反映できていない。結果として、市場で競争する企業は、自分が提供する財の便益を価格に反映することができないことになる。つまり、上の価格便益曲線のデータから発見と理論的な解が一致している。モデルは静学的な枠組みの分析であるが、中国市場の特徴の一端をとらえたと考えられる。

さらに、価格を便益、企業の債務、コストに回帰させたところ、債務が価格と負の関係にあるのは、カラーテレビ市場だけであった。一方、エアコンと携帯電話市場では、企業の債務と価格の間には有意な関係が見られなかった。なお、現在のデータは欠損値が多いためこの点の改善が必要なこと、また上の理論モデルに沿った構造推定によって以上の仮説の検定をすることが、今後の課題として残されている。

政策的含意

本稿の分析結果から、次のような政策への示唆がある。中国において、国有、外資、民営企業が互いに競争する市場においては、競争中立性が保たれ健全な発展がみられる市場がある一方で、ソフトな予算制約が過剰な価格競争を導き、便益への投資を阻害している可能性のある市場もある。銀行融資や政策的優遇へのアクセスが不平等な状況が、競争中立性を阻害している可能性がある。こうした市場では、市場に参加する企業の参入と退出の条件を公平にすることで、企業の利益、消費者の余剰を拡大することができる。