執筆者 | 劉 洋 (研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
ソーシャル・キャピタル (social capital)の構築は多くの国で重視されている (OECD 2001, OECD 2002)。日本においては既に、安全・安心な国土形成(国土交通省2008)、農村社会の再興・再生(農林水産省 2007)、コミュニティ機能再生(内閣府経済社会総合研究所 2005)などの領域において注目されてきた。社会レベルでは、ソーシャル・キャピタルはグループ内またはグループ間の協力を容易にする社会的なつながり、共同の規範、価値観とお互いの理解 (OECD 2001)を含むのに対して、個人レベルになると、主に個人間のネットワーク (Dasgupta 2002, Munasib 2007)を指す。本研究は個人レベルのソーシャル・キャピタルに焦点を当て、経済学の手法を応用して、ソーシャル・キャピタルが賃金に与える影響を考察した。
ソーシャル・キャピタルと労働市場
ソーシャル・キャピタルは労働市場において大きい役割を果たしている。たとえばこれまでの研究では、ソーシャル・キャピタルはよりよい求人・求職の情報提供をもたらすこと (Calvó-Armengol and Jackson 2004)、労働市場における取引費用を削減すること (Abraham and Medoff, 1982)などが観測されてきた。特に、社会学において多くの研究では、ソーシャル・キャピタルは労働者の求職や職場での成功に役に立つことが示されている (Granovetter 1973, Gabbay and Zuckerman 1998, Adler and Kwon 2002など)。本研究はそれらを踏まえて、ソーシャル・キャピタルが求人情報の入手に役立つという点に絞って分析を行った。より多くのソーシャル・キャピタルを持つ労働者は、より多くの求人情報を入手することができ、それによって職を見つける確率が高まり、高い賃金の職に就くことが期待できると考えて理論モデルを構成した。
また、社会レベルにおいては既に多くの実証研究が行われてきた。たとえば、Wahba, Jackline, and Zenou (2005) は人口密度を、社会レベルのソーシャル・ネットワークの代理変数として使い、それが社会全体の就職確率を高めることを検証した。それらに対して、本研究は個人のソーシャル・キャピタルに格差があることを重視し、個人レベルでの分析を行った。
分析結果
本研究は中国総合社会調査 (China General Social Survey 2008)の個票データを用いた。同調査は、調査員のインタビューによる調査が行われており、高い信頼度が期待できる。結果は表1に示されているように、全労働者のグループにおいて、よい多い社会資本をもつ労働者は、より高い賃金が得られるという推定結果が得られた。
しかし、男女別にみると、男性グループのほうがソーシャル・キャピタルの量の効果が高いことに対して、女性グループにおいてはソーシャル・キャピタルの効果はあまり見られていない。
全労働者 | 男性 | 女性 | |
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ソーシャル・キャピタル所有量の対数 | 0.40 [1.83]* | 0.52 [2.28]** | 0.07 [0.19] |
ソーシャル・キャピタルの利用意識 | 0.06 [2.81]*** | 0.04 [1.44] | 0.06 [1.85]* |
ソーシャル・キャピタルの質 | 0.16 [2.13]** | 0.07 [0.65] | 0.28 [2.70]*** |
教育年数 | 0.09 [13.76]*** | 0.08 [9.07]*** | 0.11 [12.31]*** |
職歴年数 | 0.03 [4.48]*** | 0.03 [4.18]*** | 0.03 [2.79]*** |
職歴年数の二乗 | -0.001 [-3.07]*** | -0.001 [-3.05]*** | -0.001 [-1.60] |
男性 | 0.15 [3.42]*** | ||
管理職 | 0.20 [2.78]*** | 0.24 [2.85]*** | 0.22 [2.25]** |
他の変数 | 省略 | 省略 | 省略 |
修正済決定係数 | 0.23 | 0.14 | 0.38 |
上段は係数で、下段はt値。 ***, **, *はそれぞれ1%, 5%, 10%で有意であることを示す。 |
なお、以上はソーシャル・キャピタルの所有量による分析であるが、本研究はさらに、ソーシャル・キャピタルの利用に対する意識(積極的に利用しているかどうか)と、ソーシャル・キャピタルの質もコントロールして分析を行った。表1に示されているように、全労働者グループと女性グループには有意な結果が得られている。よって、女性グループではソーシャル・キャピタルの量の効果は低いが、積極的にソーシャル・キャピタルを利用するか、またはソーシャル・キャピタルの質が高まれば、より高い賃金が得られると解釈できると考える。
政策的示唆
これまでの政策では、社会レベルのソーシャル・キャピタルが重要視されてきたが、本研究では、個人レベルにおいても、ソーシャル・キャピタルが重要であることが示された。個人のソーシャル・キャピタルの構築は賃金の上昇につながることが実証結果から示された。そして、男女間にソーシャル・キャピタルの格差が存在し、それを是正する必要があることが示唆された。
- 文献
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- Abraham, K and Medoff, J., 1982, Length of Service and the Operation of Internal Labor Markets, Proceedings of the Thirty-Fifth Annual Meeting of the Industrial Relations Research Association, pp. 208-318.
- Adler, Paul S. and Seok-Woo Kwon, 2002, Social capital: Prospects for a new concept. Academy of Management Review, 27(1), pp. 17-40.
- Calvó-Armengol, Antoni and Matthew O. Jackson, 2004, The effects of social networks on employment and inequality. American Economic Review, 94(3), pp. 426-54.
- Gabbay, Shaul M. and Ezra W. Zuckerman, 1998, Social capital and opportunity in corporate R&D: The contingent effect of contact density on mobility expectations. Social Science Research, 27(2), pp. 189-217.
- Granovetter, M. S., 1973, The strength of weak ties. American Journal of Sociology, 78, pp. 1360-80.
- OECD, 2001, The Well-Being of Nations: the Role of Human and Social Capital. Available from URL: http://www.oecd.org/site/worldforum/33703702.pdf
- OECD, 2002, Social Capital and Social Well-being, Discussion Paper. Available from URL: http://www.oecd.org/innovation/research/2380806.pdf
- Wahba, Jackline and Yves Zenou, 2005, Density, social networks and job search methods: Theory and application to Egypt. Journal of Development Economics, 78(2), pp. 443-73.
- 内閣府経済社会総合研究所 (2005)「コミュニティ機能再生とソーシャル・キャピタルに関する研究調査報告書」, URL: http://www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou015/hou015.html
- 国土交通省 (2008)「2008社会環境的側面を加味した安全・安心な 国土形成の構築に関する研究」, URL: http://www.mlit.go.jp/common/000999501.pdf
- 農林水産省 (2007)「農村のソーシャル・キャピタル~豊かな人間関係の維持・再生に向けて~」, URL: http://www.maff.go.jp/j/nousin/noukei/socialcapital/pdf/data03.pdf