発明者の異動と組織の生産性-日本のレアネーム発明者を用いた分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス」プロジェクト

少子高齢化の進む我が国において持続的な経済成長を達成していくためには、イノベーションの革新性や実現効率を高めていくことが重要である。イノベーションは知識の組合せ(新結合)によって実現すると指摘されており、外部の組織の異なる知識を取り入れることにより、イノベーション活動は活発になると考えられる。外部の組織の異なる知識を取り入れる手段の1つとして、人材の流動性を高めることがあり、企業はそのための施策を行っている。人材の流動性を高めることにより、組織内の知識の多様性を高めることが可能である。

組織内の知識の多様性と生産性の関係を分析した既存研究は、人材の多様性に焦点をあてた分析が多く、人材の流動性と組織の生産性を分析した研究は非常に少ない。労働者の異動を数値的に捉えることは非常に困難であるが、近年では、特許データを用いて、研究者の異動を分析する試みが行われるようになった。それらの研究では、研究者の生涯にわたる異動パターンと生産性の変化を分析している。本研究も、こうした先行研究の流れを汲む研究ではあるが、異動する発明者自身の生産性上昇効果だけでなく、異動する発明者から新しい組織への知識波及の効果を分析した点が大きな貢献である。

本研究では、特許の発明者データベースを構築し、発明者の異動と組織の生産性の関係を分析した。特許データから発明者の異動を特定するにあたり、非常に困難な点は同姓同名の問題であり、本研究ではレアネームの発明者に限定して分析を行った。また、組織の生産性への影響については、主に、組織内の異動経験のない発明者の生産性に対する影響について、組織による違いを分析した。

分析の結果、以下の結果が得られた。
(1)異動経験のある発明者の生涯の生産性は異動経験のない発明者の生産性よりも高い。
(2)最初の組織の生産性が高い発明者ほど頻繁に異動する傾向があるが、異動後の発明者の生産性の変化は異動前の組織での生産性により異なり、異動による生産性に与える影響は一義的ではない。
(3)異動経験のない発明者の生産性は、異動経験がある発明者が多い組織ほど高い。

(2)の分析結果の、異動する発明者の生産性において、異動前よりも異動後に生産性が上昇する場合、新しい組織からの知識波及の効果があったことを意味する。しかし、異動の効果は一義的でなく、異動前の生産性が高い発明者の生産性は下落し、異動前の生産性が低い発明者の生産性が上昇することが確認されている。このことは、異動前の生産性の低い発明者は、新しい組織から多くの新しい知識を吸収することが可能であることを示唆している。一方で、異動前の生産性の高い発明者は、新しい組織に知識を提供する役割を果たしていると推測される。

(3)の分析結果は、発明者の異動により、異動してきた発明者から異動経験のない発明者への知識波及が存在することを示唆しており、組織の生産性向上につながると考えられる。下表は回帰分析の結果を示している。組織の流動性は生産性にプラスに有意な効果があることが分かる。また、異動してきた発明者からだけでなく、他の異動経験のない発明者からの知識波及もあると考えられるため、組織のサイズ(発明者の数)もコントロールしたところ、組織の流動性、組織のサイズともにプラスに有意な生産性への効果が確認され、異動経験のない他の発明者からの知識波及もあるが、異動経験のある発明者からはさらに多くの知識波及があると考えられる。最後に、異動経験のある発明者の効果は組織の規模により違いがあるかを確認するため、企業の流動性と企業のサイズの交差項も説明変数に追加した。交差項はマイナスに有意な生産性への効果が確認され、規模の小さな組織ほど、異動してきた発明者からの知識波及効果が大きいことを示唆している。

以上の結果は、発明者の流動性を高めることによるイノベーション促進の可能性を示唆している。ただし、発明者の特性(生産性など)や組織の特性(規模など)によって、異なる効果があることも示しており、一元的な流動性の向上ではなく、最適なバランスを考慮して多様性・流動性を向上させていくことが重要であると考えられる。

異動経験のない発明者の生産性(回帰分析結果)
発明者の生産性 発明者の生産性 発明者の生産性
組織の流動性
組織のサイズ
組織の流動性とサイズの交差項