執筆者 |
深尾 京司 (ファカルティフェロー) 牧野 達治 (一橋大学) 徳井 丞次 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 地域別・産業別データベースの拡充と分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析」プロジェクト
この論文では、1955-2008年を対象として、都道府県別にマクロレベル(全産業計)の生産要素投入(資本(公共財的な性格が強い一般道路、堤防など狭義の社会資本を除く)、総労働時間、労働の質)年次データを作成し、クロスセクションの生産性比較分析(レベル会計)および成長会計の手法を使って、戦後の都道府県間労働生産性格差収束の原因を探った。
図1は、1955年におけるレベル会計の結果である。当時、労働生産性が最も高かったのは東京都であり、その労働生産性は全国平均を72.1%上回っていた。一方、労働生産性が最も低い鹿児島県では、労働生産性は全国平均を41.2%下回った。両者の格差は113%であった。格差のうち73%ポイントは、TFPの差に起因していた。図1から分かるとおり、資本・労働比率も豊かな県ほど高い傾向があり、TFPほどではないが、労働生産性格差の大きな原因となっていた。また、労働の質も豊かな県ほどやや高い傾向があり、労働生産性格差の一因となっていたが、その寄与は他の2要因より格段に小さかった。
次に、2008年におけるレベル会計の結果(図2)を見ると、トップの県(東京、42.6%)とボトムの県(長崎、-25.1%)との格差は68%と、1955年より格段に小さくなった。このうちTFPの差に起因するのは45%ポイントで、これも1955年より格段に小さくなった。資本・労働比率の寄与を見ると、2008年の状況は1955年と大きく異なっている。2008年には、労働生産性が全国平均より高い、東京や大阪を含む多くの県で、資本・労働比率の労働生産性格差への寄与はマイナスになった。労働生産性格差の源泉としての資本労働比率の役割は、1955年より格段に小さくなった。一方、労働の質は、1955年とほぼ同様に、寄与は小さいものの労働生産性格差の原因であり続けた。
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時期別に労働生産性格差の源泉の動向を見ると、1955-70年にかけてTFP格差が大幅に縮小し、また1970年以降は資本・労働比率格差が著しく縮小した。一方、労働の質の格差は1970年まではほとんど変わらず、それ以降は格差がやや拡大した。
我々はまた、資本・労働比率とTFPの地域間格差縮小の原因についても調べた。その結果、労働生産性が高い地域では貯蓄率が高かったものの、政府による貧しい地域への資本移転や資本流出により労働生産性が高い地域での貯蓄が資本蓄積に直接結びつかなかったこと、労働生産性の低い地域から高い地域に労働が移動したことが、資本・労働比率格差を縮小させたことが分かった。また政府が狭義の社会資本蓄積を労働生産性が低い地域に集中させたことがTFP格差縮小に寄与した可能性が高いことも分かった。1970年代以降、労働の質格差が拡大した原因としては、高い教育を受けた労働者が豊かな県に移動した(Brain Drain)ことに起因するのではなく、豊かな県ほど子供が高い教育を受ける傾向があったことに起因することも分かった。
1955-70年のTFP格差縮小や、1970年以降の資本・労働比率格差縮小の背景には、製造業企業による大都市圏から地方への工場移転や、労働の都市圏への移動、政府による地方を優先した社会資本蓄積などが重要な役割を果たしたと考えられる。しかし、1980年代後半以降、製造業大企業が工場を海外に移転するようになったこと、労働移動の中心である若年労働者が減少していること、金融・保険・広告・不動産など高付加価値を生む巨大都市型サービス業の重要性が増していることなどにより労働生産性の地域間格差はやや拡大傾向にある。日本全体の資源配分の効率性や財政赤字から考えて、利用頻度の少ない地方で社会資本を優先して増やす政策は恐らく維持するべきではない。労働生産性の地域間格差を拡大させないためには、製造業の国内回帰や、高付加価値型サービス業の地方都市立地促進など、新しい政策が必要であろう。