執筆者 | 荒田 禎之 (研究員)/木村 遥介 (東京大学)/村上 弘毅 (東京大学) |
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研究プロジェクト | 持続的成長とマクロ経済政策 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「持続的成長とマクロ経済政策」プロジェクト
近年、大量の個票データの入手が可能となったことを背景として、ミクロレベル(企業や事業所単位)での企業行動についてその詳細なデータを用いた研究が盛んに行われている。一連の研究で明らかになった実証的な事実として、企業の投資行動(特に設備投資)が凸関数の調整費用関数で説明されるスムーズなものではなく、ムラのある投資(Lumpy Investment)によって特徴づけられるという事実がある。つまり、企業の投資行動は大規模に投資する時期とほとんど投資しない時期の連なりから構成される。また、リーマンショック以降、景気回復が遅々として進まない原因として、不確実性の高まりが企業の投資行動を抑制し、景気回復を遅らせているのではないかということが、研究者・実務家を問わず盛んに議論されている。本論文では、Lumpinessと不確実性をモデルの中に取り入れ、マクロレベルで一体どのような現象が生じるのかを検証した。特に、突如として皆が一斉に投資行動を控える「集団現象」あるいは「横並び行動」が生じる事を理論的に明らかにした。
本論文は、企業の異質性(Heterogeneity)とフィードバックの効果を明示的に取り扱っている。企業の異質性は、投資の実行のタイミングとその投資の規模が企業によって異なるとして表現されている。簡単に言えば、個々の企業のさまざまな事情によって、投資行動はバラバラということである(図1参照)。また、本論文では不確実性は外生的に与えられるものではなく、投資を行う企業もいれば投資を行わない企業もいて、意見の一致が見られない状況を不確実性の高い状態と定義し、このような状況では企業は投資を控える(様子を見る)としている。これは一種のフィードバックと見なすことができる。つまり、企業自身の行動が、他の企業の行動に影響を与え、またそれが自身に跳ね返ってくるのである。
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さて以上の仮定の下、マクロでどのような現象が生じるかをシミュレーションした結果が図2である。まず、不確実性の効果(フィードバックの効果)が小さい場合、言い換えれば個々の企業が周りの状況をほとんど顧みない状況を示したのが図2の左図(ヒストグラム、企業の資本の経験分布)と中央図(左図の平均、横軸が時間)である。注目すべき点は、ミクロレベルでは企業は投資と資本減耗を繰り返し、絶えず変化し続けるにも関わらず、マクロの分布としては安定性を持つという点である。つまり、初期時点で皆が同じ資本量を持っていると仮定しても、企業の異質性によってバラバラに散らばり、十分に時間が経てば、左図のような唯一の分布(「均衡点」)に収束するのである。そのためマクロの量である、集計された資本量やその変化分である投資も一定で、マクロでは安定的になる。しかし、その安定性は不確実性の効果が大きくなるにつれて、弱まってくる。安定性によって均衡点に引き戻すことができる「領域」は次第に小さくなり、最終的にこの均衡点からわずかにずれるだけで、右図(中央図と同じくヒストグラムの平均)のように、皆が一斉に投資を控えるという集団現象が発生するのである。
マクロの投資動向は景気変動をもたらす大きな要因の1つであり、経済政策を考える上でも極めて重要なファクターである。しかし、マクロとミクロの投資の振る舞いは本質的に異なる事、そして深刻な景気後退をもたらすようなマクロの投資の著しい減少は、外生的でネガティブなショックを必ずしも必要とはしないという点を本論文は明らかにした。大きな影響をもたらさないと思われるようなショックでも、安定化の作用する「領域」から外れた途端、今まで作用していた安定性は喪失し、企業の集団は突如として一斉に投資を控え(集団現象)、マクロでみても観察されるような投資の減少をもたらすのである。景気回復の手段の1つとして財政政策があるが、その効果は経済環境によって異なりうる。安定領域まで戻るために必要な財政支出が状況によって異なり、それを下回れば不況を脱することはできないだろう。したがって、経済政策を実行する際には、経済環境、すなわち不確実性とそれに対する反応性(Sensitivity)を正確に把握することが求められる。