ノンテクニカルサマリー

日本企業のワーク・ライフ・バランス施策、成果主義と女性参画

執筆者 加藤 隆夫 (コルゲート大学)/児玉 直美 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 日本における無形資産の研究:国際比較及び公的部門の計測を中心として
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本における無形資産の研究:国際比較及び公的部門の計測を中心として」プロジェクト

本稿では、ワーク・ライフ・バランス施策、近年の日本の人的資源管理の変化としてよく議論される成果主義導入が、職場の女性参画に与えた影響を、日本の企業パネルデータを使って分析した。企業固定効果モデルの結果によると、保育施設・保育手当は、導入後、時間が経つにつれて、女性部長、女性管理職、女性従業者数を増やす。しかしながら、育児を理由とする短時間勤務制度の導入はどちらかというと、女性参画に負の影響がある。政策立案者は、短時間勤務制度を促進する政策(たとえば、2010年に従業員100人以上の事業所を対象として導入され、2012年に全面施行された改正育児・介護休業法)は職場における女性参画をかえって阻害するという可能性に留意し、女性参画を促す施策で補完することを考慮すべきであろう。

一方、我々の推定結果によれば、保育施設・保育手当の促進政策は、有望である。ただし女性雇用者の半数以上が非正社員という日本において(例えば、Kambayashi and Kato, 2013)、保育施設・保育手当のような主に正社員を対象にした施策は、日本全体の職場での女性参画を高める効果は限定的であろう(Asai, Kambayashi, and Yamaguchi: 2015, 宇南山・山本: 2015は、保育所整備の効果は、女性の労働供給、労働力率、出生率の上昇には限定的な効果しかないことを明らかにしている)。女性の労働力率、出生率を高めるためには、若者の安定した雇用、子育て期の家族が取得しやすい手ごろな価格の住宅供給、児童家族関係給付の引き上げなど広義の施策が必要とされよう。

また、一般的には、年功を重んじる伝統的な賃金制度より成果主義賃金の方が女性にとって有利であると信じられているが、今回の分析結果は、その既成概念が必ずしも正しいわけではないことを示している。伝統的な賃金制度から成果主義への転換は、女性部長数を減らすが、この負の影響は、客観的な人事評価指標、透明な意思決定プロセス、体系的な人材育成プログラムによって緩和することができる。行動経済学の多くの研究が示すように、女性は一般的には競争的環境を好まず、更には、成果主義賃金は成果に対して報酬が支払われるため、同程度の能力の男女が成果主義賃金の適用を受けた場合に、より長時間労働ができる男性に有利に働く可能性が指摘できる。

今回の分析から、(1)フレキシブルな働き方、保育施設・保育手当は女性参画に総じて正の影響を与えるが、短時間勤務制度は負の影響を与えるといったように、ワーク・ライフ・バランス施策が一律に女性参画に正の影響があるわけではないこと、(2)成果主義は女性参画に悪影響を与えるが、人事評価制度、意思決定プロセス、人材育成プログラムを同時に変革することによってその影響が緩和されることを、政策立案者は心に留めて、安倍首相の掲げる「2020年までに指導的立場の女性を30%にする(202030)」という目標を達成するための政策をデザインする必要がある。

図:ワークライフバランス施策、成果主義導入が女性部長数に与える影響
図:ワークライフバランス施策、成果主義導入が女性部長数に与える影響
※男女合計部長数を一定とした時の女性部長数の変化。
※フレキシブルな働き方(フレックスタイム制度、在宅勤務制度、サテライト・オフィスのうち1つ以上の施策を持っている場合に有とした)、短時間勤務制度、保育施設・保育手当の効果は、論文のTable2より、成果主義導入の効果は論文のTable3の数値より作成。
文献
  • Asai, Yukiko, Ryo Kambayashi, and Shintaro Yamaguchi. 2015. "Childcare Availability, Household Structure, and Maternal Employment." Journal of the Japanese and International Economies (forthcoming).
  • Kambayashi、Ryo and Takao Kato, 2013. "Good Jobs, Bad Jobs, and the Great Recession: Lessons from Japan". Columbia University, CJEB Working Paper No. 326.
  • 宇南山卓・山本学. 2015. 「保育所の整備と女性の労働力率・出生率-保育所の整備は女性の就業と出産・育児の両立を実現させるか-」、財務省財務総合政策研究所ディスカッションペーパーシリーズ15A-2.