ノンテクニカルサマリー

都市間競争と空間構造

執筆者 吾郷 貴紀 (専修大学)
研究プロジェクト 地域の経済成長に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域の経済成長に関する空間経済分析」プロジェクト

交通ネットワークの進展は止まることなく、たとえば1997年12月のアクアラインの開通や、最近では2015年3月の北陸新幹線の金沢までの延伸など枚挙にいとまがない。これらは輸送費や交通費の低下を意味し、利便性が高まると同時に企業の競争範囲が拡大することも意味している。東京郊外に住む若者が東京都内で売られている好みの衣服を求めて、片道100キロ程度の移動をすることはそれほど珍しいことではない。これは郊外のショップが東京のショップと競争することを意味している。本論文では、それまで独立した商圏であった都市が競争範囲の拡大により1つの商圏に取り込まれてしまうような状況を想定し、その都市における企業の立地行動がどのような影響を受けるのかを、空間競争モデルを用いて分析している。また、余剰分析にも取り組み、政策的提言に結び付けている。結果として、交通費の低下が都市内において企業の集積を促すこと、またそれが社会的には非効率であり、企業の分散を促すべきとの結論を得た。

図1は、1997年12月にアクアラインの開通という交通ネットワークの大きな変化を経験した木更津市の状況を示したグラフである。この開通後、木更津市の人口(住民基本台帳ベース)は下げ止まり、木更津市内の小売業の分散傾向が止まった(集積度の下げ止まり)。ここで「集積度」とは、商業統計(経済産業省)のデータをもとに、木更津市内のいくつかの商業集積にいかに小売業の事業所が偏在しているかをハーフィンダール・インデックスを用いて表したものである(数値が大きいほど1カ所の商業集積に集中している傾向を示す)。他の市町村の集積度を同様に計算すると、全国的には小売事業所数の減少に伴って、この集積度はほとんどの市区町村で単調に低下している。したがって相対的に評価すれば、木更津市は集積度を高めていると解釈でき、これは本研究の結果とも整合的である。

図1:木更津市の経済環境の経年変化
(横軸:年、人口:左目盛、集積度:点線、右目盛)
図1:木更津市の経済環境の経年変化

政策提言に関連しては以下の結果を得ている。空間分布の望ましさを余剰分析によって検討すると、上記のような企業の集中現象は、集積度が上がった地域の便益上昇より、集積度が下がった地域の便益低下の影響が大きくなる為、結果として非効率であることが判明した。つまり、企業が分散立地することが社会的に望ましい。このような集中は、商業集積の近くに住む住民にとっては、たくさんの小売店が近くに存在し、利便性が高まっていることを意味する。その一方で、商業集積から遠いところに住む住民にとっては買い物の移動距離も増え、極めて不便になっている。この利便性の低下が社会的には非常に大きいことが示された。これは最近注目されつつある「買い物難民」「買い物弱者」問題とも関連し、そういった弱者をサポートし、過度な小売企業の集中を防ぐことが経済合理的であることを示唆している。