ノンテクニカルサマリー

輸出企業と多国籍企業の賃金プレミアム-日本の雇用主=被雇用者接合データによる分析-

執筆者 田中 鮎夢 (リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

1.問題意識

グローバル化が労働市場に及ぼす影響について、労働者の多様性を考慮し、企業レベルデータではなく、雇用主=被雇用者接合データ(Linked Employer-Employee Data)で分析する必要性が高まっているが、日本ではそうした労働者レベルの研究はこれまでなかった。たとえば、グローバル化の進展により、国際化企業と非国際化企業の労働者の間で賃金格差が拡大する恐れが指摘されてきた。そうした恐れが妥当か否かは労働者レベルのデータで分析するしかない。

本研究は、日本の大規模政府統計から構築した雇用主=被雇用者接合データを用いて、企業の国際化と賃金の関係について分析を行う。とりわけ、外資系企業と日系企業を比較しつつ、分析を行う。

2.分析内容と結果

本研究はまず、『賃金構造基本統計調査』(厚生労働省、2012年)、『経済センサス基礎調査』(総務省、2009年)、『経済センサス活動調査』(総務省、2012年)の3政府統計を接合し、製造業の事業所=労働者接合データを構築した。

構築したデータを用いて、(1)外資系企業、(2)日系多国籍企業(海外子会社のある日系企業)、(3)日系輸出企業(海外子会社のない日系輸出企業)、(4)日系非国際化企業(海外子会社のない日系非輸出企業)の賃金水準の比較を行った。図1はその結果を表した箱髭図である。なお、分析に用いた賃金データには賞与も織り込まれている。図から明らかなように、外資系企業、日系多国籍企業、日系輸出企業、日系非国際化企業の順に賃金が高い位置に分布している。

図1:企業タイプ別の賃金分布(箱髭図)
図1:企業タイプ別の賃金分布(箱髭図)

さらに、地域、産業、事業所属性(企業規模など)、労働者属性(学歴など)を制御するために、標準的なミンサー型賃金式を最小2乗法で推定し、分析を行った。その結果、日系多国籍企業や日系輸出企業の高賃金は、観察可能な要因によって完全に説明可能であることがわかった。言い換えれば、日系多国籍企業や日系輸出企業は、高賃金地域に所在していたり、高賃金産業に属していたり、企業規模が大きかったり、高学歴な労働者を雇用したりしているために、平均的な賃金が高くなるに過ぎない。

一方で、外資系企業は、企業規模や学歴などの観察可能な要因を制御しても、日系非国際化企業に比べて、高い賃金を払っていることがわかった。このことは、外資系企業が、日系企業よりも高い賃金を払う何らかの理由が存在することを示唆している。本研究の分析の範囲を超えるが、その理由としては、たとえば、外資の廃業率が高いことや、外資における労働需要の変動が高く、解雇が行われやすいこと、外資において日系とは異なる企業内訓練がなされていることなどが、考えられる。また、退職金の有無など日系と外資との間の賃金慣行の違いを反映している可能性もある。もちろん、本研究が制御できていない観察できない労働者属性・事業所属性の結果、高賃金になっている可能性もある。

賃金分布の各分位点における賃金プレミアムを明らかにするために、ミンサー型賃金式を分位回帰でも分析した。その結果、外資系企業の賃金プレミアムが、高賃金労働者に対して手厚いことも分かった。対照的に、日系輸出企業と日系多国籍企業の賃金プレミアムは、高賃金労働者ほど小さくなることが分かった。これは、外資が高賃金労働者を自社内に引き留めるために大きな賃金上乗せを行っていることを示唆する。対照的に、日系企業は、輸出や海外進出による利益を高賃金労働者に対して毎年の賃金で還元していない可能性がある。

3.政策含意

本研究からは、外資系企業と日系国際化企業の間で、賃金の払い方に大きな違いがあることが分かった。理論的には、労働市場が不完全な場合、外国市場からの収入がある企業は、労使間分配(firm-worker rent sharing)のため、賃金プレミアムを払うはずである。外資系企業は、理論と整合的に、国際化していない日系企業と比較して、高い賃金を払う傾向がある。一方、国際化している日系企業は、国際化していない日系企業と比較して、同程度の賃金しか払っていない。日系企業において、輸出や海外進出が賃金プレミアムに結びつかない制度的・政策的理由を検討する必要があるといえる。見方を変えれば、外資系企業の増加は賃金格差拡大に結びつく可能性があるが、日系企業の輸出や海外進出は賃金格差拡大に結びつかない可能性が示唆される。