ノンテクニカルサマリー

1970‐2008年の地域別労働生産性収束の動向と産業別生産要素投入及びTFP

執筆者 徳井 丞次 (ファカルティフェロー)/牧野 達治 (一橋大学)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 地域別・産業別データベースの拡充と分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析」プロジェクト

昨年から「地方創生」の議論が盛んになった。これは、後に増田寛也編著『地方消滅』という衝撃的なタイトルで書店の棚を飾るようになった論考が月刊雑誌に発表されたことがきっかけになったように思う。このままでは数十年後に地方は相当厳しいので、起死回生のチャンスを与えようというのが、「地方創生」というわけだ。

ところで、対策を打つには、地方が厳しい原因を探らなければならない。というと、「地方の将来が厳しいのは、人口減少が原因でしょう」という答えがすぐに返ってきそうである。確かに、『地方消滅』で強調されているのは、今後30年程度の時間幅ではとうてい修正不可能な人口減少の基調と、その地域差、とりわけ一部の地域での急激な人口減少予測である。

ただ、地域の経済規模は、人口規模に1人当たり所得水準を掛けたものであり、人口予測だけでなく、1人当たり所得水準の動向にも注意を払う必要がある。また、『地方消滅』の著者達が明瞭に指摘しているように、少子化対策が短日のうちに劇的な効果をあげることが仮にあったとしても、現在の人口減少基調を逆転させるには今後数十年の時間を要する。だとすると、「地方創生」の戦略は極めて大雑把に言うと、他地域からいかにして人口流入を呼び込むかと、1人当たり所得水準をいかにして維持するかの2つに尽きる。そして、人口の社会的移動は、1人当たり所得水準の低い地域から高い地域へ向かう傾向が強いことから、1人当たり所得水準がどんどん下がってしまう地域に他地域からの人口流入を期待することはなかなか難しい。

われわれは、都道府県別産業生産性データベースを使って、1970年から最近年までの地域間労働生産性格差の動向とその要因を分析した。使用するデータの定義上の正確性のためにここからは労働生産性という言葉を使うが、これは1人当たり所得水準と言い換えてもらってもかまわない。論文からここに引用した表(Table 1)は、労働生産性上位地域と下位地域を比較して、その格差を要因分解したもので、1970年、1990年、2008年の3つの時点で比較している。まず、上位地域と下位地域の労働生産性格差は1970年から1990年にかけて縮小したものの、その後2008年にかけては、それ以前にみられた格差縮小傾向が止まってしまっていることが分かる。

Table 1:都道府県別労働生産性格差の要因分解
197019902008
労働生産性格差0.642
(100.0)
0.454
(100.0)
0.435
(100.0)
地域間の産業構造の違い0.275
(42.8)
0.119
(26.3)
0.102
(23.5)
産業内地域間生産性格差0.367
(57.2)
0.335
(73.7)
0.333
(76.5)
うちTFPの寄与0.162
(25.3)
0.205
(45.2)
0.299
(68.7)
うち労働生産性の寄与0.149
(23.2)
0.067
(14.7)
0.010
(2.3)
うち労働の質の寄与0.109
(16.9)
0.103
(22.7)
0.069
(15.9)
うち測定誤差-0.053
(-8.2)
-0.040
(-8.8)
-0.045
(-10.4)
注)対数表示。カッコ内は寄与(%)。

表では、これを地域間の産業構造の違いに起因する効果と、同一産業内の地域間労働生産性格差に起因する効果に要因分解しており、地域間の産業構造の違いに起因する労働生産性格差が1990年以降も縮小を続けているのに対して、同一産業内の地域間労働生産性格差は1990年以降縮小傾向が止まっていることが確認できる。そして、同一産業内の地域間労働生産性格差を、TFP(全要素生産性)、資本労働比率、労働の質の格差にさらに要因分解すると、資本労働比率と労働の質の格差については地域差が縮小し続けているのに対して、それを相殺するように同一産業内の地域間TFP格差が拡大してきていることが分かる。すなわち、ここまでの分析では、1990年以降地域間労働生産性格差の縮小傾向が止まってしまった理由は、同一産業内の地域間TFP格差拡大というブラックボックスに行き着いてしまったのである。

そこで、われわれは分析方法を替えて、それぞれの産業内の地域間TFP格差と地域毎の労働生産性との相関から、どの産業の地域間TFP格差が地域間労働生産性格差に大きく寄与しているかをみた。すると、2008年のデータでみて、サービス産業、そのなかでも卸小売業と(非政府部門の)その他サービスが大きな寄与をしていることが分かった。この結果は、こうしたサービス部門では集積効果が働きやすく、人口規模の大きい都市が存在する地域の生産性が高くなるという仮説を改めて追認するものである。しかしそれだけではなくて、代表的なハイテク分野でもないため生産性格差の注目対象になることが少ない卸小売業のようなサービス分野での地域間生産性格差が、その就業者数の相対的大きさによって、地域全体の1人当たり所得水準に重要な影響を与えることを示している。

これまで地方自治体や地方議会が地元の産業活性化を取り上げるとき、よく耳にする用語は「工業団地」や「工業プラン」といったもので、「攻め」の産業活性化や雇用創出の対象としては製造業に比重が置かれることが多かったように思う。それに対して、サービス業は、観光は例外だがそれを除くと狭い地元の商圏を取り合うイメージが強く、「守り」の政策の対象にされることはあっても、積極的な産業活性化に対象として注目されることはほとんどなかった。確かに、最初から人口規模が小さいハンデを抱え、さらに今後の急激な人口減少予測も加わるとなると、地方のサービス業にあまり明るい見通しはなさそうにもみえる。

しかし、近年の情報通信コストの著しい低下を活用すれば、地方からでも、サービス分野のイノベーションが起こらないとも限らないだろう。いまや世界を席巻するマイクロソフトやアマゾンの本拠地が立地する米国ワシントン州シアトルの都市圏は、人口ランキングで全米15位程度である。日本でも、流通業の革新を起こした創業者に地方出身の方は多く、そう言われてみれば、簡単に幾つかの会社名を数え上げることができることに気付く方も多いだろう。確かに、日本全国のなかにはまだまだ製造業の集積に活力があり、地域産業活性化の基軸を製造業に求めるのが相応しい地域が存在するが、そうとも言えない地域も多数存在することも事実である。そのままでは人口減少によって縮小一方になりそうなサービス業で起死回生の一手をとることも、地方創生戦略のなかで検討に値するテーマではないだろうか。