ノンテクニカルサマリー

経済・政治ネットワークと企業の開放度-インドネシアの事例-

執筆者 嶋本 大地 (早稲田大学)
戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」プロジェクト

多様な社会ネットワークが技術伝播や技術進歩を通じて経済成長を促進することは、多くの研究が実証的に明らかにしている。特に、「よそ者」とのつながりは新しい知識や情報の伝達によってイノベーションに大きく貢献することがわかっている。たとえば、貿易や海外直接投資によって外国とつながることで企業の生産性が向上することは、世界の多くの研究が示すところである(日本に関する研究はRIETIのプロジェクトによるものが多い)。また、筆者の1人の最近の研究は、日本企業が地域外の企業とつながることで生産性やイノベーション力を上げていることを示した(Todo et al. 2015)。

しかし現実には、地域内や国内の同質的なネットワークを重視する集団が政治的な力を持ち、新しい知識をもたらしてくれるはずのよそ者とのつながりを排除して経済が停滞することも少なくない。新興国において、このように多様なネットワークの構築が阻まれる場合、それが「中進国の罠」を引き起こす。

そのような問題意識の下、本研究は、インドネシアにおいて利権をめぐる企業と政治とのつながりが企業のグローバル経済に対する排他的な意識につながるのかどうかを定量的に検証した。その結果、政府から許認可を得やすい企業は海外との取引が少なく、外国人に対する経営者の信頼感が低い傾向にあることがわかった。さらに、海外との取引が少なく、外国人に対する信頼感が低い経営者は、自由貿易協定や外資企業に対する反感が強い傾向にあった。

この結果は、図の右側で示したような企業と政治のつながりと保護主義との悪循環が存在していることを示唆している。すなわち、利権を伴う企業と政治とのつながりが国内企業の保護主義を強め、実際に保護主義的な政策が実行されることでますます利権が増大し、企業にとって政治的なつながりがより重要になっていく。他の東南アジア諸国にくらべても汚職が激しいといわれるインドネシア(OECD, 2012)では、外資規制や貿易などの面で保護主義的な政策が強化されつつあり、このような悪循環に陥っていると考えられる。

さらに、このような悪循環は外国からの知識や技術の流入を妨げて経済を停滞させる。経済が停滞すれば、その責任を外国に押しつけるためにますます排外主義がはびこることも多い。このような保護主義(排外主義)と経済停滞の悪循環(図の左側)は経済停滞を長引かせ、新興国は「中所得国の罠」にはまることになる。

図

新興国経済が中所得国の罠にはまって停滞することは、日本にとって経済的にも政治的にも好ましいことではない。したがって、企業と政治のつながりに端を発する新興国の保護主義の台頭を抑制しなければならないが、日本ができることは2つある。

1つは、TPPやRCEPなど、財の貿易だけではなくサービスの貿易や投資の規制をも撤廃することを盛り込んだ経済連携協定(EPA)をアジアにおいて広く構築し、そのルールによって保護主義を抑えることだ。

もう1つは、ODAを通じた技術支援やインフラ支援を強化することで、新興国の企業や市民と日本を含めた外国とのつながりや信頼感を育んでいくことだ。ただし、そのような支援はインフラを建設するだけではなく、技術や知識の交流、人材の交流を重視したものでなければならず、たとえば日本企業と新興国の産産連携・産学連携をセットにした支援が望ましい。

なお、利権に絡んだ政治とのネットワークに端を発する保護主義と経済停滞の悪循環は、新興国だけではなく、むろん日本でも起こりうる。「失われた25年」の背景事情にそうしたことがなかったのかを真摯に顧みつつ、日本経済の再興のために、日本でも特定の産業やアクターを過度に保護するような政策の撤廃が必要である。

文献