ノンテクニカルサマリー

変革のための組織―選好の多様性・努力インセンティブ・意思決定と実行の分離

執筆者 伊藤 秀史 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト イノベーションと組織インセンティブ
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「イノベーションと組織インセンティブ」プロジェクト

「変革への抵抗」「組織における多様性と同質性」のような用語が何を意味しているのかを明確にせずに、「変革は組織のトップから」「イノベーションを引き起こすために多様性を高めよ」といった主張の根拠を正確に理解することは難しい。本研究は組織の意思決定プロセスを定式化することによって、用語の意味と主張の根拠を明らかにする。まず開発実行者が新規プロジェクトの開発努力を行い、新規プロジェクトが開発されたならば、意思決定者が現状維持プロジェクトと新規プロジェクトの間の選択を行う。新規プロジェクトが開発されなかった場合には自動的に現状維持プロジェクトが選ばれる。その後実行者が、決定されたプロジェクト実行のために努力する。会社のトップ(決定者)と新製品開発プロダクトマネージャー(実行者)、取締役会(決定者)と社長(実行者)など企業経営と関連する例のみならず、決定者としての規制監督省庁(たとえば文科省)と、実行者としての被規制組織(たとえば大学)の間の意思決定プロセスにも適用できる。

決定者と実行者はプロジェクトの成功を望ましいと考えているが、現状維持プロジェクトの成功の方を好む者と、新規変革プロジェクトの成功の方を好む者とがいる。このとき、決定者と実行者のそれぞれの立場にどちらを好む者を就けるかが組織設計の問題となる。決定者と実行者の好みが異なる組織は多様性があり、両者が同じプロジェクトの方を好む組織は同質的である。決定者が変革を好む組織では、開発されたならば決定者は新規プロジェクトを選ぼうとしているにもかかわらず、実行者が開発努力を行わないという意味で、実行者による変革への抵抗が生じる。逆に決定者が現状維持を好む組織では、決定者が新規プロジェクトを選んでくれるのならば実行者は開発のために努力しようとしているが、決定者が新規プロジェクトを選ばないという意味で、決定者による変革への抵抗が生じる。

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最適な組織は次のようにまとめることができる。現状維持の成功可能性が十分高いならば、実行者に現状維持派をおいて現状維持プロジェクトを実行するモチベーションを高めるのがよい。逆に、変革が望ましい状況では決定者を変革派にして、決定者による変革への抵抗をなくせばよい。「変革は組織のトップから」(外部もしくは傍流からのトップの起用、社外取締役の導入など)である。しかし、実行者まで変革派にするならば、実行者の開発可能性を十分高くしなければならない。実行者の能力を高め、自由裁量を与え、さまざまな組織サポートが必要である。それができないのならば、むしろ現状維持派の実行者をおいて、新規プロジェクトが開発されなかった場合のモチベーションを高めておいた方がよい。変化させることが目的化した規制監督省庁が、変革の可能性を高めるサポートなしに変革派を被規制組織に送り込むよりは、仮に開発努力がまったく行われないとしても、現状維持派による無理な「変革をしないための組織」の方がずっと望ましいのである。

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