執筆者 | 石川 城太 (ファカルティフェロー)/森田 穂高 (ニューサウスウェルズ大学)/椋 寛 (学習院大学) |
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研究プロジェクト | 複雑化するグローバリゼーションのもとでの貿易・産業政策の分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「複雑化するグローバリゼーションのもとでの貿易・産業政策の分析」プロジェクト
商品の製造者(商標権保持者)と正式に輸入販売契約をしていない第三者による輸入は、並行輸入と呼ばれる。衣服・靴・音楽CD・自動車・家具・医薬品・PCなど、多数の品目で並行輸入が行われている。
並行輸入は、特定の国で安く販売されている商品を購入し、相対的に高い正規販売価格がついている国で再販売するという、国際的な価格裁定行動の一形態である。並行輸入が盛んになると、同一製品の国際価格差は縮小し、国家間の市場はより統合されることになる。並行輸入は、商品の製造者が各国市場で異なる価格を設定する「価格差別行動」を抑制するため、製造者の利潤を下げる要因である。一方、並行輸入品の輸入国の消費者は、価格の下落により利益を受けると一般に考えられている。
しかし、製造者が「平行輸入品に対する修理サービスの差別(以下、修理差別)」を行う場合には、輸入国の消費者の利益は保証されないかもしれない。修理や保守などのアフターサービスが消費者にとって重要な耐久消費財の場合、財の製造者が並行輸入品の修理を拒否したり、保証を適用せずに高い修理代金を徴収したりするケースが実際に観察される。輸入時点では正規品と平行輸入品の品質に差がなくても、修理差別を通じて事後的に品質に差をつけ、並行輸入による価格裁定圧力を弱めるわけである。修理差別は現実に行われているにも関わらず、その影響を明示的に分析した研究は見られない。本論文では、修理差別を考慮しつつ、並行輸入の厚生効果を再検討した。具体的には、耐久財を生産する独占企業が自国に供給するだけでなく外国に財を輸出する一方、多数の競争的な並行輸入業者が自国で財を購入し、平行輸入品として外国に持ち込む状況をモデル化した。財が壊れる確率は(1-q)であり、従ってqが財の耐久性を表す。以下、並行輸入が消費者に与える影響に絞って、主要な結果の概略を説明する。
- 並行輸入による輸入国の消費者利益は、修理差別により小さくなる。修理差別が無い場合、正規品の価格と並行輸入品の価格は等しくなる(完全市場統合)。しかし、修理差別があると、正規品の品質は並行輸入品よりも実質的に高くなる。その結果、正規品の価格は並行輸入の価格よりも高くなり(部分的市場統合)、場合によっては並行輸入が無い場合と同じ価格がつく場合もある(完全市場分断)。そのため、並行輸入による正規品価格の下落幅は小さくなり、正規品購入者の消費者利益は小さくなるのである。一方、並行輸入品の消費者は、低価格で購入できるが修理サービスが利用できないため、並行輸入による利益はやはり小さくなる。
- 企業が費用をかけて財の耐久性を上昇させるイノベーション活動を行っている場合、輸入国の消費者が並行輸入により損失を被る可能性がある。耐久性(q)の上昇は、修理コストの下落を通じて、企業の利潤を上昇させる効果がある。しかし、修理差別がある場合、qの上昇は企業の価格差別行動を抑制するという追加的な効果がある。qが上昇するほど、正規品と並行輸入品との間の品質の差が小さくなり、従って両者の価格差が小さくなるからである。(イノベーション活動の費用を除いた)企業の利潤は、並行輸入が無い場合(ΠN)や並行輸入があっても修理差別が無い場合(ΠI)はqの上昇により必ず上昇する。一方、修理差別のもとでの企業利潤(ΠR)は、図のように逆に下落する可能性すらある。結果的に、修理差別を伴う並行輸入は企業のイノベーション活動を抑制し、財の耐久性の低下を招いてしまう。耐久性の低下は修理コストを上昇させ、それによる価格の上昇効果が並行輸入による価格低下効果を上回る場合、並行輸入の許可は輸入国の消費者に打撃を与えてしまう。
- 貿易自由化が進んでいるほど、並行輸入が輸入国の消費者に打撃を与える可能性が増す。関税の引き下げは、修理差別がなければ企業のイノベーション活動を活発化させ財の耐久性を上昇させるが、修理差別がある場合は、耐久性を低く抑えることにより価格裁定圧力を緩和させる誘因が企業に生じるため、並行輸入が財の耐久性を低下させかねない。そのため、消費者に損失を与える可能性も高くなる。
修理差別がある場合、並行輸入は輸出国のみならず、輸入国の消費者に打撃を与えかねない。中国の上海で並行輸入車の販売が試行されるなど、並行輸入がますます活発になるなか、修理サービスの差別を抑制する政策的対応が求められる。日本では、「並行輸入業者が修理等を行うことが困難な場合に修理を拒否することは、独占禁止法上問題となるおそれがある」とされているが、現実には修理の拒否が横行しており、より厳格なルール作りが必要となろう。