執筆者 | 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/池内 健太 (科学技術・学術政策研究所)/金 榮愨 (専修大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー) |
---|---|
研究プロジェクト | 東アジア産業生産性 |
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト
1. 本研究のねらい
米国では1990年代の中盤から2000年代の前半にかけて、全要素生産性(TFP)が急激に上昇したのに対し、日本では1991年以降TFP上昇が顕著に減速した。この時期の日米のTFP上昇率の格差をもたらした大きな要因の1つは、日本が情報通信技術(ICT)革命に乗り遅れたことにあると考えられる。それでは、なぜ、日本はICT革命が起きなかったのか。その疑問への1つの解答として、日本では、特に、流通業などICTを利用する産業においては、十分にICTへの投資が行われなかったことが挙げられる。
こうした状況を踏まえ、本稿では、日本ではなぜICT投資が低調だったのか、その理由を明らかにするため、企業レベルのミクロデータを用いて分析を行った。海外の先行研究において、企業規模と社齢がICT投資と密接に関係していることが明らかになっているため、特に、これら企業規模と社齢の効果に注目して分析を行った。なお、それらの先行研究によれば、規模の大きい企業や若い企業ほどICTを採用しやすいことがわかっているが、日本では、規模の小さい企業や社齢の高い企業が経済に占める割合が諸外国に比べて高いことが知られている。そのため、本稿では、日本のデータを用いて、企業の規模と社齡がICT投資とどのように関係していたかを調べることが、1990年代以降に日本においてICT投資が低調であった原因の究明に向けた第一歩であると考えた。
2. データソース
本研究では、日本の企業レベルのミクロデータを用いて分析する。主なデータソースは『企業活動基本調査』(経済産業省)と『情報処理実態調査』(経済産業省)であり、1995年から2007年までのそれぞれの調査の企業レベルの個票データを結合して分析に用いた。サンプルサイズは約2万2000(企業×年)である。本研究では、『情報処理実態調査』で調査されたデータを利用することにより、各企業が毎年の生産活動に用いている「ICT投入額」を測定し、これを粗付加価値額で除することによって「ICT集約度」を定義して分析に用いた。
3. 分析結果とその考察
本研究で得られた主な分析結果は以下3点である。
- (1)大企業ほどICTの活用が多いが、社齢とICTの活用の関係は明らかではない。
- 企業規模と社齡の違いとICT集約度との関係を確認し、企業規模が大きいほどICT集約度(=ICT投入額÷粗付加価値額)が高い傾向があった(表1)。一方、社齡とICT集約度の間には線形の関係性は見られなかった(表2)。
- (2)大企業や若い企業ほどICT集約的な技術を選んでいる。
- 企業規模と社齡の違いの効果を取り入れた生産関数を推定し、規模が大きい企業や若い企業ほどICT投入の係数が大きいことがわかった。つまり、企業規模と社齡によって生産関数が異なっている。
- (3)規模の小さい企業や若い企業ほど、ICT投入が最適水準よりも明らかに過少な水準にとどまっており、何らかの制約に直面している。
- 上記生産関数の推定結果を用いて、各企業のICTの限界生産力を計算し、企業規模と社齡の異なる企業間で比較したところ、規模の小さい企業や若い企業ほどICTの限界生産力が高いことがわかった。
企業規模グループ | 企業数 | 従業者数(人) | ICT集約度(%) | ||
---|---|---|---|---|---|
中央値 | 平均値 | 中央値 | 平均値 | ||
第1グループ(最大規模) | 5,935 | 3,565 | 1,783 | 6.6 | 3.8 |
第2グループ | 6,070 | 584 | 472 | 5.7 | 2.8 |
第3グループ | 5,985 | 242 | 201 | 5.4 | 2.2 |
第4グループ(最小規模) | 6,175 | 103 | 89 | 5.0 | 1.9 |
全体 | 24,165 | 1,108 | 307 | 5.7 | 2.6 |
社齢グループ | 企業数 | 社齢(年) | ICT集約度(%) | ||
---|---|---|---|---|---|
中央値 | 平均値 | 中央値 | 平均値 | ||
第1グループ(最も社齢が高い) | 5,480 | 65 | 62 | 6.2 | 3.3 |
第2グループ | 6,163 | 49 | 51 | 5.4 | 2.7 |
第3グループ | 6,136 | 39 | 40 | 5.3 | 2.3 |
第4グループ(最も社齢が若い) | 6,346 | 22 | 22 | 5.8 | 2.2 |
全体 | 24,125 | 43 | 44 | 5.7 | 2.6 |
それでは、なぜ、規模の小さい企業や若い企業ではICT投入が最適水準よりも過少になっているのか。本研究では、日本企業におけるICTの活用を妨げている障壁について検討し、次の2点に注目した。
- BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)市場の未発達とICT専門家の不足が小規模企業で過少なICT投入の原因になっている可能性
- 規模の小さい企業や若い企業における資金制約とICTへの理解不足(ICTリテラシー)がICTの活用を妨げている可能性
また、日本では、規模の小さい企業のみならず、多くの企業において、諸外国と比較して平均的にICT集約度が低い理由についても議論し、次の点を挙げた。
- ICTの導入にともなって労働者を解雇する費用が高いこと
- 米国などと比べて通信費などICTに関する費用が高いこと
- ICTの役割が単に費用削減のツールとして認識されており、ビジネス・モデルの変革のツールとして認識されていないこと
- 組織構造の変革や雇用の調整を避けるため、パッケージ・ソフトよりもカスタム・ソフトウェアを選択する傾向にあること
- 無形資産投資が減少していること
4. 政策的含意
以上のような本研究の分析結果から、導かれる政策的含意としては次の6点が挙げられる。
- 政府がBPOベンダーの認可システムやBPOベンダーの能力をあらわす客観的な指標を導入し、BPOサービスの市場を整備することによって、生産性の高いBPOベンダーとICTサービスのアウトソーシングを活性化すべきである。
- 大学などでのICTの専門的な教育・訓練を強化したり、海外からのICTの専門家の移住に関する規制を緩和したりすることで、ICTの専門家の不足を解消すべきである。
- ICTサービスとICTのハードとソフトウェアの市場の競争を活性化するとともに、ICTサービスの国際取引を奨励し、ICT投入の価格を下げることが必要である。
- ICTリテラシーの問題を解決するために、特に中小企業を対象として、政府がICTに関連する新しい技術やICTの利活用に関するベスト・プラクティスを紹介するようなキャンペーンを行うことも有効であろう。
- 資金制約の緩和のために、ICT投資に関する資金調達を支援する仕組みを設けるべきである。
- ICTの活用を促進するためには、ICTに関連する市場やICTの活用方法を変革するだけでなく、日本の幅広い経済システム(たとえば、柔軟性のない労働市場や活発でない企業の新陳代謝のメカニズム)を変革することも重要である。