執筆者 | 大山 睦 (一橋大学) |
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研究プロジェクト | サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト
本稿の問題意識
一国の経済活動において、サービス産業が占める重要性(GDP比率)は大きくなっており、その重要性は先進国において顕著である。したがって、先進国においては、サービス産業の生産性を向上させる事が経済政策の課題であると認識されている。特に、サービス産業の生産性が低いと指摘されている日本においては、サービス産業の生産性向上は重要な政策的な課題と位置づけられている。
サービス産業の生産性の概念は適切な政策形成を考える際に必要不可欠である。しかしながら、製造業の場合と比較して、サービス産業の生産性の概念は明確でなく、サービス産業の生産性の計測はさまざまな問題を抱えている。たとえば、労働者1人当たりの付加価値がサービス産業の生産性として頻繁に使用されるが、この付加価値は需要と供給の両方の要因で決まるため、この生産性の指標は需要側が原因で、あるいは供給側の要因で生産性が低いのかを区別する事ができない。全要素生産性のアプローチを用いたとしても、金銭ベースで生産性が計測されることが多い為、この問題を解決する有効な手段とはなりえない。
本稿では、従来の方法と異なった視点から、サービス産業の生産性の計測方法を考え、従来の計測方法を補完する。特に、需要要因を取り除いてサービス供給の効率性を計る事、付加価値アプローチの問題点を具体的に明らかにする事、付加価値、需要要因、供給要因の関係を明らかにする事を本稿の目的としている。
従来の生産性計測の問題点
サービス産業においては、生産と消費が同時に行われるという特性がある。また、消費者はサービスの質を考慮して、サービスを購入する。サービスの質に対する選好は消費者によってさまざまであり、質の高いサービスを好む消費者もいれば、質の低いサービスでも構わないという消費者もいる。好みがさまざまな消費者がサービスを選択する結果として、産業全体の需要要因が決まり、付加価値に影響を与える。一方で、企業のコスト要因も付加価値に影響を与える。したがって、労働者1人当たりの付加価値をサービス産業の生産性として捉えた場合、需要側が原因で生産性が変動したのか、供給側が原因で生産性が変動したのかを特定することができない。
下表は付加価値(従来)のアプローチと本稿のアプローチを比較したシミュレーションの結果を示している。シミュレーションでは、地域間のコストパラメータの違いの計測を試みている。高品質サービスのコストパラメータについて、地域Aは30、地域Bは15、地域Cは5と設定してある。しかしながら、付加価値のアプローチでその違いを計測しようと試みると、(1)地域毎のコストパラメータの計測が不正確である、(2)地域間のコストの関係が反対になっているという結果になる。これらの結果は需要要因をコントロールせずに供給(コスト)要因を計測しようした事が原因である。
I. 付加価値アプローチ | ||||||
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高品質 | 中品質 | 低品質 | ||||
期待値 | 標準偏差 | 期待値 | 標準偏差 | 期待値 | 標準偏差 | |
地域 A | 0.0540 | 0.0027 | 0.4427 | 0.0098 | 0.5981 | 0.0137 |
地域 B | 1.2612 | 0.0031 | 0.0093 | 0.0115 | -0.2020 | 0.0159 |
地域 C | 2.0230 | 0.0029 | -0.3532 | 0.0110 | -0.5192 | 0.0161 |
II. 本稿の価値アプローチ | ||||||
高品質 | 中品質 | 低品質 | ||||
期待値 | 標準偏差 | 期待値 | 標準偏差 | 期待値 | 標準偏差 | |
地域 A | 30.1101 | 0.1754 | 14.9460 | 0.1445 | 8.0376 | 0.0998 |
地域 B | -15.1581 | 0.1757 | -6.9149 | 0.1693 | -6.0266 | 0.1456 |
地域 C | -25.1577 | 0.1765 | -11.9945 | 0.1906 | -7.0011 | 0.1817 |
注:地域Aがベースとなっており、相対的な差を表している。 |
パラメータの設定 | |||||
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コストパラメータ | 選好パラメータ | ||||
高品質 | 中品質 | 低品質 | 期待値 | 標準偏差 | |
地域 A | 30 | 15 | 8 | 5 | 10 |
地域 B | 15 | 8 | 2 | 10 | 10 |
地域 C | 5 | 3 | 1 | 15 | 10 |
本稿のアプローチは、需要と供給の両方の要因を分析枠組みに組み入れ、それぞれの要因を特定化する事を試みている。好みの異なる消費者がサービスの質を考慮して購入し、コストが異なる企業がサービスを提供している状況では、本稿のアプローチが有効であり、サービス産業の生産性をより正確に計測する。
政策含意
サービス産業の生産性を労働者1人当たりの付加価値で捉える場合、需要要因と供給要因の両方が生産性に影響を与えると考えられる。サービス産業の生産性を向上させる政策に関して、生産性の需要要因と供給要因を特定することにより、需要側と供給側のそれぞれをターゲットにしたきめ細やかな政策を検討できるようになる。たとえば、供給要因でサービス産業の生産性が低いならば、ITの効率的活用を促す政策が有効になる。本稿では、コスト構造に関係なく、質の高いサービスを好む消費者がいる地域では、労働者1人当たりの付加価値が高くなる事を示している。需要要因でサービス産業の生産性が低いならば、消費者の需要形成に影響を与える政策が有効になる。本稿では、需要要因と供給要因を特定化する1つのアプローチを提示しており、サービス産業の生産性に関する政策議論にもこの視点が重要であると考えられる。