ノンテクニカルサマリー

不確実性回避行動とクロスボーダーM&A

執筆者 Marc BREMER (南山大学)
星 明男 (学習院大学)
井上 光太郎 (東京工業大学)
鈴木 一功 (早稲田大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア:企業成長・価値創造と企業統治
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「企業統治分析のフロンティア:企業成長・価値創造と企業統治」プロジェクト

経済活動のグローバル化と国境を越えた企業結合の進行、国内市場の成熟の下で、日本企業にとって海外市場を獲得するためのクロスボーダーM&Aの重要性が高まっている。しかし、日本企業によるクロスボーダーM&Aの活用度合いは、海外企業と比較するとまだかなり低い。筆者たちはこの要因の1つとして日本企業の慎重な企業文化や経営スタンスに着目した。本DPでは2000年から2009年の10年間のアジア・太平洋地域の主要国12カ国と、欧米の先進国5カ国の計17カ国に本社を置く企業が実施した約5000件のM&A行動を分析した。アジア企業は、地理上は近接しているが、宗教、言語や法体系などは多様であり、企業文化の違いも大きい。このサンプルで、日本企業によるM&Aに対する投資額はGDP比で1.5%(17カ国平均は4.3%)、クロスボーダーM&Aの件数比率も8%(17カ国平均は21%)と大幅に低い。

国ごとの企業文化を指数化して比較可能にしたものとして、オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードが提唱した企業文化指数がある。このホフステードの企業文化指数の中でも、筆者たちは各国企業のM&A行動を説明する上で重要と考えた不確実性回避指数に注目し、その指数の各国のM&Aの活用度、買い手がM&A実施時に取得した相手企業株式の比率ならびに相手企業の株主に支払った支配プレミアム(事前の株価に対する上乗せ部分)に対する影響を計量的に分析した。サンプルとした17カ国の不確実性回避指数は下表に示している。日本は、この不確実性回避指数が17カ国中で最も高い(不確実性を回避する傾向が強い)。

分析結果から、不確実性回避の傾向の強い国は、経済規模に比較してM&Aの活用水準が低く、特にクロスボーダーM&Aには消極的であることが明らかになった。さらに、不確実性回避傾向の高いグループと低いグループに分けてM&A行動の違いを分析すると、分析不確実性回避指数の高い国の企業がクロスボーダーM&Aを実施する時には、相手企業株式の取得比率と支配プレミアムのいずれも相対的に高い(下表)。こうしたM&A行動の差異は、不確実性回避指数と相関関係を持つその国の法体系(コモンロー起源かどうか)のほか、言語、為替や株式市場の動向など他の要因を考慮した分析結果でも、独自の影響を持つことを確認した。

この結果に対する筆者たちの解釈は次の通りである。不確実性回避の企業文化を持つ国の企業は、自社が自前で行う投資活動に比較して不確実性の高いM&A、特にクロスボーダーM&Aに対しては消極的になる。しかし、そうした企業でも価値創造の潜在性が十分に大きければ、厳しいスクリーニングの上でクロスボーダーM&Aを実施する。この場合、ひとたび買収実施を決めたからには、M&Aを実現できないリスクは回避しようとして大きなプレミアムの支払いを容認し、少数株主を残すことで買収後経営において発生する懸念のある様々な問題も回避しようとする。この結果、不確実性回避の傾向の強い国の企業は、相手企業株式の取得比率を高め、大きな支配プレミアムを支払う。また、不確実性回避の傾向の強い国の企業の支払う支配プレミアムは相対的に高いものの、買い手企業の株価にはネガティブな影響を及ぼす傾向はなく、不確実性回避が直接的に非効率な結果に結びつくものではないという結果を得た。なお、上記の傾向は国内M&Aに関しては見られない。M&Aの中でも、企業文化の差が小さい国内M&Aにおいては、買収後の経営支配を高める必要性を感じないためと解釈できる。

本研究の、政策的な示唆は以下の通りである。企業文化は、企業の歴史や現状、経営者の役割、人事制度など、さまざまな要因により形成されたものであり、企業内部からでは簡単には変わらない。個々の企業において、自社の企業文化を踏まえた最適化された行動を取っているとすれば、国のM&A促進策なども限定的な効果に留まるだろう。しかし、企業文化の影響から比較的自由な社外取締役(それが多様な国籍やバックグラウンドを持つものであれば尚更)の発言力を強めることは、不確実性回避の傾向の強い日本の企業に対して適切なリスクテイクを促し、投資行動に対してポジティブな効果を持つ潜在性がある。そうした方向へのコーポレートガバナンスの変化を促す施策は、M&Aを積極的に活用しないことに伴う機会費用を減少させる効果が期待できる。