| 執筆者 | 松浦 寿幸 (慶應義塾大学) |
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| 研究プロジェクト | グローバルな市場環境と産業成長に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および（独）経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期：2011～2015年度)
「グローバルな市場環境と産業成長に関する研究」プロジェクト
1. 問題の所在
少子高齢化により国内需要の縮小傾向に直面する我が国では、海外直接投資による海外市場の需要獲得は重要な課題とされている。とりわけ新興国の市場開拓は、今後の成長機会を確保する上でも重視されており、政府の経済成長戦略の1つとして位置づけられている。一方で、企業の海外進出は、しばしば国内の生産拠点の海外移転を伴うため、国内の雇用機会が奪われてしまうのではないかという、いわゆる「雇用空洞化問題」として研究者、ならびに政策担当者の関心を集めてきた。しかし、近年の研究では企業の海外進出は企業内の国際分業を促し、生産性を改善させる効果があるとの指摘もある。また、雇用に対する影響についても、海外に進出していない企業と比べると、必ずしも海外進出企業が雇用を大きく削減しているとはいえないと指摘されている。ただし、従来の研究では、どのようなタイミング、どのような海外直接投資で、生産性改善効果がみられるのかといった点については十分に分析されてこなかった。そこで本研究は、我が国の自動車部品メーカーの企業レベルデータを用いて、「空洞化」懸念が当てはまるのか、さらには、海外直接投資により生産性改善効果が見込めるのであれば、それはどのような海外直接投資なのかを分析した。
2. 分析手法と本研究の特徴
海外直接投資と企業パフォーマンスの関係を分析する際には、海外直接投資を行う企業の多くが成長余力のある企業であるという事実を考慮して分析を行う必要がある。こうした問題は同時性バイアスの問題として知られているが、これに対処するために従来の研究では傾向スコア法と呼ばれる手法が用いられている。この手法を用いる場合、海外に新たに進出した企業と国内に留まっている企業を比較する形で分析が行われる。そのため、すでに海外に進出している企業がさらに拠点を増加させたり、生産拠点の規模を拡大させたりする際に、国内の雇用や生産性がどのように変化するかは分析されてこなかった。そこで、本研究では、系列の自動車メーカーの海外生産規模を外生的な変化とみなすことで、操作変数法と呼ばれる手法を用いて、自動車部品製造業企業の海外直接投資が企業パフォーマンスに及ぼす影響について分析した。この方法により、海外直接投資が企業パフォーマンスに及ぼす影響を、直接投資の外延、すなわち企業の海外拠点の開設、あるいは新規の投資国への進出の影響と、内延、すなわち海外拠点における生産規模拡大の影響に分けて分析することが可能となった。本研究では、経済産業省「企業活動基本調査」ならびに「海外事業活動基本調査」から作成したパネルデータに基づき、海外直接投資が企業のパフォーマンス、具体的には売り上げ・雇用・全要素生産性（TFP）に及ぼす影響について分析を行った。
3. 結果の概要
分析結果の概要は次の表1にまとめられている。まず、海外直接投資が拡大すると国内生産が減少し、雇用が失われてしまうという「空洞化」懸念については、今回の研究でも、やはりこれを支持する結果は得られなかった。むしろ、ケース分けしていくと、国際分業による生産性の改善や、それによる売り上げ・雇用の下支え効果が観察されるケースがあることが分かった。具体的には、海外直接投資の外延の拡大、すなわち新規の海外支出や新しい投資国における生産拠点の開設は、国内における売上成長率や雇用成長率、全要素生産性（TFP）の変化率を、下支え、あるいは改善させることが明らかとなった。この結果は、さまざまなグループ分けや各種企業属性を考慮しても変わらないことが確認されている。さらに、直接投資の外延の拡大のうち、企業の最初の海外進出時点において企業パフォーマンスの改善効果が大きいことが明らかとなった。一方、内延の拡大、すなわち海外生産規模の拡大については、一部のケースで売上成長率の改善効果が検出されたが、グループ分けを行うと改善効果が検出されなくなるなど、あまり明瞭な結果は見出せなかった。
| 企業パフォーマンス指標 | |||
|---|---|---|---|
| 売上高成長率 | 雇用者数成長率 | TFP成長率 | |
| 直接投資の外延 | ＋ | ＋ | ＋ |
| 直接投資の内延 | ＋ | ||
| 注） ＋：明瞭な改善効果が検出されたケース ＋：一部で改善効果が検出されたケース | |||
4. 政策的な含意と今後の課題
本研究の分析結果から得られる含意は以下のとおりである。まず、海外直接投資による雇用空洞化が進行しているといった証拠は得られなかったことから、企業の海外進出を促進する政策を進めたとしても、国内の生産活動を縮小させることにはならないといえる。次に、企業パフォーマンスへの影響については、海外直接投資の外延、すなわち新規の海外進出や新しい投資先での生産拠点の開設に伴って、国内のパフォーマンスが改善する効果が統計的に有意に検出された。この結果は、企業が、新規の海外拠点開設に伴って、国内の事業を見直しており、その結果として企業パフォーマンスが改善されていると解釈できる。今後、中堅・中小企業を中心に新規の海外進出が拡大していくと予想されるが、こうした海外進出は国内の生産性向上にも寄与するものと考えられる。
今回の分析から得られた結果は、海外直接投資が企業パフォーマンスに及ぼす影響を新たな切り口から分析するものとして意義深いものであるが、一方で、いくつかの課題も残されている。たとえば、一口に国際分業に伴う生産性の改善効果と言っても、実際にどのようなメカニズムで生産性が改善しているのかについてはブラックボックスになっている。こうした点を明らかにするためにも、より詳細なデータベースを構築し分析をしていくことが重要である。
