ノンテクニカルサマリー

多角化と組織構造の企業価値への影響

執筆者 牛島 辰男 (青山学院大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア:企業成長・価値創造と企業統治
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「企業統治分析のフロンティア:企業成長・価値創造と企業統治」プロジェクト

米国企業を対象とする研究では、多角化(コングロマリット)ディスカウントと呼ばれる現象をめぐって活発な議論が展開されてきた。多角化ディスカウントとは、複数の産業分野で活動する企業(多角化企業)が同じ産業で活動する専業企業に比べて投資家から低く評価される傾向を指しており、多角化により企業価値の低下が生じていることを示唆するものである。日本企業でも事業の多角化は広範に行われているため、同様なディスカウントが見られるかは興味深い問題である。そこで、2001年から2010年の期間に株式公開していた日本企業(金融機関は除く)の包括的サンプルを用いた推計を行った。分析にあたっては、多角化ディスカウントが企業の多角化(事業範囲の広さ)そのものではなく、組織の構造に由来する可能性に留意し、組織の法的構造(分社化の度合い)をコントロールした推計を行った。企業価値は株式の時価総額と負債の簿価の和として定義した。

分析の結果、以下の2点が明らかになった。第1に、日本企業にも多角化ディスカウントが存在する。すなわち、多角化している企業は専業企業に比べて低く市場から評価されている。組織構造をコントロールした回帰分析によると、多角化ディスカウントの幅は平均して6~8%程度である。傾向スコアマッチングと呼ばれる推計方法を用いても同様な結果が得られる。すなわち、専業企業から多角化企業に変化した企業と、これら企業と比較可能な専業企業を比べると、多角化後の前者の企業価値は後者に比べて6~12%ほど低下する。逆に、多角化企業が専業企業へと回帰した場合、比較可能な多角化企業に比べて8%程度の企業価値の向上が生じる。

多角化と分社化ディスカウントの回帰分析結果
多角化ディスカウント(%)分社化ディスカウント(%)
(1)子会社数6.27.2
(2)子会社従業員率7.15.1
(3)純粋持株会社ダミー8.49.7
注: (1)は組織構造を連結子会社数で、(2)は連結従業員数に占める子会社従業員比率で、(3) は純粋持株会社ダミーでコントロールした回帰分析の結果。多角化ディスカウントは多角化企業 が専業企業に比べて低く評価されている度合いを示す。(1)、(2)の組織ディスカウントは、それぞ れの組織変数が1標準偏差増加することによる企業価値の低下幅、(3)は純粋持株会社が他の 企業に比べて低く評価されている度合いを表す。

第2に、分社化もまたディスカウント要因となる。すなわち、異なる法人格を持つ多くのユニットに組織が分割されている企業は、市場から低く評価される傾向がある。そうした企業の典型は純粋持株会社である。回帰分析も傾向スコアマッチング推計も共に、純粋持株会社は他の企業に比べ8~10%ほど企業価値が低くなることを示した。純粋持株会社ではない企業でも、分社化が進むにつれて企業価値が低下する傾向が観察される。

これらの結果は、事業の多角化と組織化の双方において、多くの日本企業が非効率性を抱えていることを示している。多角化で非効率性が生じる主因としては、不採算化した事業の整理が進みにくいことが考えられる。「選択と集中」が長く日本企業のリストラクチャリングの課題となってきたことは、そうした傾向の存在を強く示唆している。一方、分社化の弊害としては、企業内部が法的境界により細分化されることで、事業ユニット間の調整・連携や、資源の共有が行いにくくなることが考えられる。純粋持株会社へと移行した後に事業(持株)会社へと回帰した企業は、ほぼ例外なくこの問題を純粋持株会社のデメリットとしてあげている。

こうした非効率性を低減させていくために必要な政策としては、企業ガバナンス制度の強化とリストラクチャリング環境の整備が考えられる。前者は経営者が投資家の視点から自社の戦略と構造を再評価し、問題の修正に取り組むよう促す効果がある。リストラクチャリング環境の整備は、修正が迅速かつ効果的に行われるために重要である。事業の売却や他社との統合などのストラクチャリングは、M&A法制の整備を受けて2000年代前半に増加したが、リーマンショック後の景気後退局面では企業業績の急速な悪化にもかかわらず、かつてほど活発化しなかった。何が思い切ったリストラクチャリングへの障害となっているのか、それを除去するためにどのような政策的対応が可能か、再検討していく価値は大きいと考えられる。