ノンテクニカルサマリー

法人税減税の政策効果 ―小国開放経済型DSGEモデルによるシミュレーション分析

執筆者 蓮見 亮 (日本経済研究センター)
研究プロジェクト 財政再建策のコストとベネフィット
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「財政再建策のコストとベネフィット」プロジェクト

1.本研究で用いたモデルの特徴

いわゆるアベノミクス「3本の矢」と呼ばれる政府の経済政策の第3に「民間投資を喚起する成長戦略」が掲げられている。規制改革などさまざまな方策が提示されているなか、より直接的な効果の期待できる法人税減税に注目が集まっている。本研究では、動学的・確率的一般均衡モデル(Dynamic Stochastic General Equilibrium Model、以下DSGEモデル)を用いて、法人税減税の政策効果をはじめとする税制改革のシミュレーション分析を行った。

DSGEモデルの基本的な骨子は、
  a)家計や企業が通時的な最適化行動を行う
  b)硬直価格モデルによりインフレ率が内生化されている
  c)中央銀行の政策金利決定行動が内生化されている
  d)データと理論値との差を埋めるいくつかのショック項を付加する
の4点に集約できる。

a)はいわゆる新古典派成長モデルに共通の仮定だが、特にa)b)c)の特徴を備えるモデルは、ニューケインジアン・モデルと呼ばれ、本研究のモデルでもそれを応用したものを用いている。

ニューケインジアン・モデルでは、貨幣の価格付け(計算単位)機能に着目することで、インフレ率の内生化を図る。硬直価格モデルを用いて内生化したインフレ率は直感に合うような挙動をし、またこれによってはじめてc)が可能になる。d)は経済理論からの要請というよりも、a)~c)の特徴を備えるニューケインジアン・モデルによるシミュレーション結果に、実証に基づく客観性を与えるためのテクニックという色彩が強い。

本研究のモデルは、上記のような一般的な特徴に加え、より多くの現実データをパラメータの推定に用いるとともに、外国景気、為替レートの国内経済への影響も無視できないことから、小国開放経済モデルを採用した。これにより、貿易・サービス収支、経常収支などのシミュレーションも可能になる。また、日本でも諸外国でも、投資財の価格は、他の財の価格よりも下落幅が大きい。そういった要素を考慮するため、他の財とのトレンドの違いを吸収する変数を導入した。

モデルのパラメータの推定に用いたデータは実質成長率はじめ27系列であり、推定期間は四半期ベースで1980年~2010年までである。推定には、ベイズ統計学を用いたDSGEモデルのパラメータ推定に最もよく用いられる方法を採用した。

2.法人税減税と消費税増税の組み合わせがもたらす経済的効果

このモデルとデータに基づくパラメータを用いて、法人税減税(正確には企業所得課税の減税)と同規模の消費税増税を組み合わせた財政中立的な税制変更のシミュレーション分析を行った。GDP比1%相当の法人税減税と、それに見合う消費税増税を行った場合のモデル・シミュレーションの結果を要約したものが、表1である。

表1:法人税減税+消費税増税(政府支出一定)
1年目 2年目 3年目 4年目 5年目
実質GDP % 0.81 1.17 1.24 1.24 1.23
輸出(実質) % -0.17 -0.43 -0.43 -0.29 -0.14
輸入(実質) % -0.32 -0.04 0.08 0.09 0.10
消費者物価(税抜き) % 0.22 0.22 0.16 0.12 0.09
税収(GDP比) %PT -0.09 -0.13 -0.11 -0.07 -0.05
政府部門収支(一般政府, GDP比) %PT 0.66 -0.49 -0.72 -0.62 -0.49
政府債務残高(GDP比) %PT -2.20 -2.00 -1.34 -0.72 -0.23
(注)表中の数値は標準解との乖離を表す。

実質GDPは2年目までに約1.2%、消費者物価(消費税の影響を除く)は0.2%程度上昇する。GDPが増加するのは、法人税減税に伴う正の効果が、消費税増税に伴う負の効果を上回るためである。

消費税増税により労働供給を追加的に増加させることによって得られる消費財の量が減少するため、家計の労働供給は減少し、GDPにとってはマイナス要因となる。一方で、法人税減税により家計が直面する投資収益率が上昇するため貯蓄率が高まり、資本ストックの量が相対的に増加する。その正の効果は、消費税増税のもたらす労働供給減少という負の効果を上回る。

本稿のシミュレーション分析の結果は、法人税減税と消費税増税を組み合わせた税制変更には、短期的な成長率と物価の上昇という政策効果があることを示唆している。もっとも、税制変更にはGDPの長期的な水準をシフトさせる効果はあるが、長期的な成長率はシフトしない。したがって、成長率そのものをシフトさせるような技術革新と市場の効率化を促す他の成長戦略の重要性は変わらない。