執筆者 | 絹川 真哉 (駒澤大学) |
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研究プロジェクト | 日本型オープンイノベーションに関する実証研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本型オープンイノベーションに関する実証研究」プロジェクト
企業が特許出願を行う目的は発明の権利化だけではない。防衛出願、すなわち、他社に技術を独占されて自己の実施が妨げられないよう行われる出願も多く存在する。2001年に審査請求期間が7年から3年に短縮された背景に、防衛出願を含む多くの出願が長期間審査請求されず、第三者の技術開発や新規事業の阻害要因になっていたことがあった。一方、すべての特許出願は出願後18カ月後に公開される。第三者に重複研究のリスクを回避させること、そして、新技術を公開してさらなる技術発展を促すことが目的である。特許出願公開が技術発展を促す効果は、オープンイノベーションの重要性の高まりとともに大きくなっている可能性がある。オープンイノベーションの重要な側面として、異分野技術知識の自社研究開発への取り込みがあり、公開技術情報である特許出願は異業種他社にとって技術情報源の1つとなりうる。
本論文は、インクジェット技術を例にとり、特許出願された技術がどれだけ異分野技術に波及しているかを、特許引用データから分析した。その際、特許出願を、まずは審査請求されたかどうかで分類する。防衛出願の多くが、審査請求されないためである。さらに、出願後に自己引用されたかどうかでも分類する。出願後に自己引用された特許出願は、その出願技術がより大きな技術の一部、すなわち累積的技術の一部であることを示唆し、技術的な価値が高い可能性がある。また、最終的に特許取得を目指す技術の一部を事前に出願公開する目的の1つに、同じ技術の開発で先行するライバルの特許取得を阻止する「防衛的公開」がある。開発中の技術の一部を公開することで最終的な技術の特許取得に必要な進歩性の基準を上げ、特許取得というゴール目前のライバルを一旦自分と同じ位置に引き戻し、再度特許取得を目指して競争する、という戦略である。後に自己で引用した出願には、このような目的で出願されたものも含まれる可能性がある。
表は、1971年から2008年までに出願されたインクジェット技術特許を、審査請求のあり・なし、自己引用のあり・なしで4つに分類し、どのような技術分野で何件の特許出願に引用されたかを示す(引用数は自己で引用しているケースを除く)。インクジェット技術が含まれる「印刷、筆記具、装飾」以外の多くの異分野技術分野で引用され、技術が波及していることが分かる。被引用数全体に占める異分野技術の割合(「異分野比率」)は、4つに分けた出願ごとに大きな違いはない。しかし、4つの各出願数と、それらを引用した異分野技術の特許出願数との比(「異分野被引用数/出願数」)を比較すると、自己引用あり出願は、審査請求あり・なしともに、自己引用なし出願と比べて高くなっている。これらの結果は、防衛目的の出願が含まれうる審査請求なしかつ自己引用ありの特許出願に、異分野からみても重要な技術が含まれていることを示す。
本論文はさらに、前述の審査請求期間短縮に加え、1993-2000年の一時的な進歩性基準低下がインクジェット特許出願数に与えた影響を検証した。1993年、特許庁は進歩性判断に「論理づけ」アプローチを採用したが、進歩性否定の論理づけが困難であったため、2000年に審査基準が改訂されるまで、結果的に進歩性判断が甘くなる状態が続いた。この期間の出願を上と同じく4つに分け、これら制度変更による影響を回帰分析によって調べた。分析結果は、進歩性基準低下によるすべての出願の増加と、審査請求期間短縮による審査請求あり・自己引用なし出願以外の出願の減少を示した。前者を説明する1つの経済理論的説明としては、発明権利化による収益に加え、ライバルの特許取得を阻むために自ら技術を公開して進歩性基準を上げる必要性が増したことが挙げられる。後者については、審査未請求出願のみならず、審査請求ありかつ自己引用あり出願まで減少した理由として、自己引用出願の多くが出願時に権利化を目的としていなかったことが考えられる。実際、出願から審査請求までのラグ分布を自己引用あり・なし出願とで比較すると、出願後3年以内の審査請求率は、自己引用あり出願の方が低かった。
現在、インクジェット技術は家庭用プリンタにとどまらず、エレクトロニクス、捺染、立体造形、DNAチップと幅広く応用されている。異分野技術取り込みによる新技術開発の重要性は、オープンイノベーションの広がりとともに増していく。その際、特許出願は、権利化を目的としない防衛出願であっても、異業種にとって重要な技術情報となりうる。それら「無駄な」特許出願の減少を目的として特許政策を変更する場合、特許登録率の上昇と同時に、異業種にとって重要な公開技術情報の減少をもたらしうる。オープンイノベーションを推進し、異分野融合による新技術の発展を促すためには、ある程度低い進歩性基準、そして、ある程度長い審査請求期間が望ましい可能性がある。
審査請求なし | 審査請求あり | |||
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自己引用なし | 自己引用あり | 自己引用なし | 自己引用あり | |
農水産 | 0 | 0 | 2 | 0 |
食料品 | 3 | 0 | 0 | 1 |
個人・家庭用品 | 1 | 1 | 0 | 1 |
医療機器・娯楽 | 9 | 3 | 11 | 17 |
医薬品 | 3 | 4 | 7 | 8 |
処理、分離、混合 | 141 | 49 | 118 | 150 |
金属加工、工作機械 | 3 | 0 | 9 | 1 |
切断、材料加工、積層体 | 67 | 14 | 70 | 55 |
印刷、筆記具、装飾 | 8991 | 3155 | 11663 | 13687 |
車両、鉄道、船舶、飛行機 | 4 | 2 | 5 | 0 |
包装、容器、貯蔵、重機 | 41 | 10 | 76 | 81 |
無機化学、肥料 | 72 | 41 | 104 | 170 |
有機化学、農薬 | 9 | 5 | 20 | 12 |
高分子 | 205 | 44 | 221 | 167 |
洗剤、応用組成物、染料、石油化学 | 777 | 409 | 1371 | 1606 |
バイオ、ビール、酒類、糖工業 | 1 | 0 | 1 | 1 |
遺伝子工学 | 2 | 1 | 0 | 0 |
冶金、金属処理、電気化学 | 1 | 0 | 5 | 6 |
繊維、繊維処理、洗濯 | 22 | 9 | 86 | 25 |
紙 | 121 | 28 | 156 | 136 |
土木、建設、建築、住宅 | 0 | 0 | 2 | 2 |
鉱業、地中削孔 | 0 | 0 | 0 | 0 |
エンジン・ポンプ・工学一般 | 1 | 0 | 3 | 2 |
機械要素 | 1 | 0 | 2 | 0 |
照明、加熱 | 1 | 0 | 2 | 1 |
武器、火薬 | 0 | 0 | 0 | 0 |
測定・光学・写真・複写機 | 296 | 90 | 184 | 171 |
時計・制御・計算機 | 18 | 4 | 14 | 20 |
表示・音響・情報記録 | 145 | 8 | 238 | 68 |
原子核工学 | 5 | 2 | 4 | 10 |
電気・電子部品、半導体、印刷回路、発電 | 16 | 4 | 29 | 13 |
電子回路・通信技術 | 2 | 1 | 8 | 7 |
その他 | 0 | 0 | 2 | 0 |
合計 | 10,958 | 3,884 | 14,413 | 16,418 |
異分野比率 | 0.180 | 0.188 | 0.191 | 0.166 |
出願数 | 3806 | 416 | 3850 | 882 |
異分野被引用数/出願数 | 0.517 | 1.752 | 0.714 | 3.096 |