ノンテクニカルサマリー

奨学金の制度変更が進学行動に与える影響

執筆者 佐野 晋平 (千葉大学)
川本 貴哲 (百五銀行)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

高等教育費支出における私費負担割合の高さを背景にして、学費援助の拡充を求める声は大きい。しかし、わが国において学費援助政策がどの程度進学に影響を与えるのか実証的に示された研究は少ない。その原因の1つに識別の問題がある。識別の問題とは、奨学金が進学を促進したのか、奨学金受給と進学双方に影響を与える観測できない要因による結果なのか、奨学金受給と進学の関係を統計的に調べても断言できないことだ。

識別の問題を回避する理想的な状況は、全く同じ条件を持つ家計に対して、無作為に奨学金を与えることで、受給者と非受給者の進学の差を比較する実験を行うことである。しかし、現実にはそのような社会実験は実施できない。別の方法は、制度変更によりあたかも実験的な状況が生まれた状況(自然実験)を利用した分析を行うことだ。

日本学生支援機構の制度変更がこのような状況を提供してくれる。1999年に日本学生支援機構の奨学金制度が変更されたが、その変更の1つに奨学金申請のための収入基準額の変更がある。具体的には、それまで生活保護地域1級地に相当するA級地の基準額は、2級地以下に相当するB級地の基準額より高く設定されていたが、制度変更によりB級地の収入基準はA級地のそれに合わせられた。これはB級地の進学予定者にとって奨学金申請資格の拡大を意味するため、彼らにとっての進学費用が下がる状況が生まれた。

この状況を利用し、1996-2003年の市町村データを用いて差の差法により制度変更が進学に与える効果を分析し、制度変更の影響の時系列的な推移を示したものが図1である。図1によると、制度変更により申請資格が拡大したグループ(2001年の大学進学者)の短大・大学への進学確率は上昇していることがわかる。ただし、その効果は制度変更直後に限定され、その後は影響が消えることが示された。また、同じ制度変更に直面した地域内でも、所得水準によりその影響が異なることを考慮し、過去の居住状態が観察できる個票データにより分析しても、同様に受給資格が拡大したグループの短大・大学への進学確率は上昇する結果を得た。奨学金を受給するための収入基準の緩和は、一時的とはいえ、進学を促すのに一定の効果を持つといえる。

政策的な含意として、高等教育への進学を促すという目的を達成するためには、奨学金の拡充および所得基準の緩和が有効であることを示唆する。一方で、政策効果が一時的であることを考慮すると、費用対効果の面からの検証や労働市場への影響といった視点からの分析が必要である。

図1:制度変更が進学に与える効果の推移
図1:制度変更が進学に与える効果の推移
注:真ん中の太い線は制度変更の効果を示す係数、薄い線はそれぞれ95%信頼区間を示す。