ノンテクニカルサマリー

中小企業における輸出と企業力の強化:工業統計ミクロデータを用いた輸出の学習効果の検証

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究」プロジェクト

1.問題意識

日本の高度経済成長を支え、とりわけ雇用創出といった面でも貢献してきた製造業企業だが、その海外移転に際して失われる雇用には、第一次産業や第三次産業での雇用吸収、また第二次産業においても研究開発部門や高付加価値部品製造への特化・シフトによって国内生産基盤の高付加価値化をはかるといった対応が必要となるだろう。それ故に、生産活動のグローバルな棲み分けや産業間での雇用流動化などが柔軟に行われるべきといえる。

しかし、こうした対応が可能なのは、資金面や人材などの面で相対的に優位な立場にある大企業だけなのかもしれない。実際に表1を見ると、企業の海外進出の一環でもある輸出を行っている企業の割合は大企業ほど高くなっていることがわかる。

表1:事業所規模別に見た輸出企業と非輸出企業
2002 2008
非輸出企業 輸出企業 非輸出企業 輸出企業
小規模
(従業員30人未満)
事務所数 210,308 1,447 213,736 3,154
比率 99.3% 0.7% 98.5% 1.5%
小規模
(従業員30人以上100人未満)
事務所数 24,620 1,029 27,246 2,230
比率 96.0% 4.0% 92.4% 7.6%
中規模
(従業員100人以上300人未満)
事務所数 10,356 1,120 10,686 1,993
比率 90.2% 9.8% 84.3% 15.7%
大規模
(従業員300人以上)
事務所数 2,980 978 2,940 1,425
比率 75.3% 24.7% 67.4% 32.6%
(出所:工業統計調査ミクロデータより筆者計算)

こうした状況下で、本研究は、グローバル化の中で中小企業が取り得べき施策の方向性として海外への展開(輸出の促進)を考え、今後の中小企業の海外展開を考える素材を提供したいと考える。

2.分析結果の要点

輸出を開始した企業と輸出を行っていない企業との間にどれほどの生産性格差(全要素生産性での計測:%)が生じているのかを見たのが、図1である。

図1:輸出企業と非輸出企業の生産性格差
図1:輸出企業と非輸出企業の生産性格差
注)企業の規模分類は、大規模事業所:従業員が300人以上の企業、中規模事業所:従業員が100人以上300人未満、小規模事業所:従業員が30人以上100人未満、とした。

次に、輸出を開始した企業と輸出を行っていない企業との間にどれほどの雇用量の格差(%)が生じているのかを見たのが図2である。

図2:輸出企業と非輸出企業の雇用量格差
図2:輸出企業と非輸出企業の雇用量格差

生産性、雇用量いずれの結果からも、輸出を開始した企業のパフォーマンスがよく、輸出による学習効果が見て取れる。なお、事業所規模別に推計した分析結果からは、事業所規模の違いによって、輸出の学習効果が強く観察される時期が異なる点も指摘できよう。たとえば、事業所規模が大きくなると、輸出開始後直後に生産性の改善が大きく見られるのに対して、小規模事業所においては、大きな学習効果が見られるのは、輸出後数年が経過してからという結果がえられた。

3.政策的含意

分析の結果から、日本の中小企業も、積極的に海外展開を押し進めることにより、生産性が改善され得ることが示唆される。よって、今後も一層進むグローバル化の流れに日系企業が対応できるためにも、まずは基礎体力の相対的に低い中小企業に対して、輸出の奨励、サポートを行うようなきめ細やかな対応が必要である。

また、企業の立地場所の違いによって必要となる政策も変わってくるであろう。たとえば地方に立地する企業には、輸出のスタートアップを支援するような施策がのぞまれるであろうし、首都圏などに位置する既に高い生産性を誇る企業や既に輸出を開始しているような企業については、東アジアの生産ネットワークに組み込まれたときの経営戦略を自社の比較優位を踏まえながら、イノベーションやマーケットの開拓を行う事がより重要になるであろう。こうした観点からは、これまで大型インフラ案件の調整役として活躍してきた日系の現地開発コンサルタントなどを、新規マーケットの開拓や現地での市場調査事業主体としてより積極的に推進していくことが考えられる。