ノンテクニカルサマリー

本社機能と生産性:企業内サービス部門は非生産的か?

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の所在

本社機能は、現代の企業において重要な役割を果たしている。事業分野の選択、新製品・サービスの開発、投資プロジェクトの選択、M&Aといった戦略的意思決定、人事・労務管理、財務マネジメントをはじめ高度な機能の中心に位置する。本社のコストは一般管理費として扱われることもあり、その削減・合理化が収益や生産性の向上をもたらすとみなされがちである。しかし、総務・経理・人事といった業務は決して機械的なルーティン業務ではなく、企業の戦略的な経営判断の巧拙に深く関わっている。

最近の研究は無形資産、特に組織資本が生産性に対して重要な寄与をすることを明らかにしている。無形資産の計測においては役員報酬が組織資本の一要素として使用されることが多いが、組織資本が生産性向上に貢献しているとすれば、役員だけでなくそれを支える本社機能に係る費用も重要な無形資産投資と理解することが可能である。

こうした問題意識の下、本論文では、日本企業のパネルデータ(2001~2011年度)を使用し、本社機能部門のサイズを規定する要因および本社機能部門と生産性(TFP)の関係を、ICTネットワークとの関連も含めて分析する。

理論的背景

本社機能部門の規模は、意思決定の集権化/分権化と関係している。工場・店舗といった現場の事業所に意思決定権を委ねるほど本社自体は軽量化するからである。集権化/分権化については多数の理論研究が存在し、(1)企業内の複数の事業に対する効率的なコントロールやコーディネーションの必要性と、(2)現場での情報収集や迅速な対応の重要性との間でのトレードオフの結果として最適な分権度が決定される。すなわち、各事業部や事業所の間でのコーディネーションの必要性が高いほど本社の役割が大きくなり、生産現場の情報収集や市場変化への迅速な対応が重要なほど本社機能は相対的に小さくなると考えられる。

この問題は、情報通信技術(ICT)が企業組織や意思決定に及ぼす効果とも関連がある。ICTは、情報処理・コミュニケーションの効率性を高めることを通じて、本社の情報上の優位性を高めたり、逆に情報処理の分散化を可能にしたりするからである。ICTと一纏めに表現されるが、通信技術の向上は中央集中化に有利に作用する一方、情報処理技術は分権化に有利に作用するとの指摘がある。

なお、過去の研究において、日本企業は本社が大きく、意思決定の分権度が低いというユニークな特徴を持つとされている。その背景として、長期雇用慣行、強い人事部といった日本型企業システムが関わっている。

分析結果と政策的含意

分析結果の要点は以下の通りである。第1に、分析対象期間において本社機能部門の平均規模は安定的だが、同じ産業内でも本社機能部門のサイズの企業間での分散は非常に大きい。第2に、企業規模全体の大きさ、事業多角化、多数の事業所の存在は本社機能規模を小さくする関係が観察され、企業規模の成長や事業の多様化・複雑化が意思決定の分権化をもたらすことを示唆している。第3に、量的なマグニチュードは小さいが、企業内情報ネットワークの充実は本社規模を小さくする傾向がある。第4に、本社機能部門は企業全体の生産性(TFP)に正の貢献をしている(図1参照)。最後に、企業内情報ネットワークと本社機能は生産性に対して補完的な効果を持っている。

以上の結果は本社機能の量的・質的な強化が企業全体の生産性向上に寄与することを示しており、コストカットの観点のみから間接部門の縮小を行うことは望ましくない。なお、本論文は民間企業が対象なので政府部門にそのまま援用することはできないが、行政サービスについても間接部門の適正規模は、業務特性やアウトプットとの関係を含めて総合的に判断することが適当なことを示唆している。

図1:本社機能部門・情報ネットワークと生産性(TFP)
図1:本社機能部門・情報ネットワークと生産性(TFP)
(注)図は、本社機能部門の従業者シェアが1標準偏差(約8%)大きいとTFPが何%高いかを示す。企業内情報ネットワーク(企業内LANなど)を持つ企業の場合には、棒グラフ上部の薄い部分が追加的な効果となる。この図には示していないが、操作変数推計(2SLS, FE-IV)を行うと、本社機能規模とTFPの関係はより大きくなる。