執筆者 |
松田 尚子 (研究員) 松尾 豊 (東京大学) |
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研究プロジェクト | 起業活動に関する経済分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「起業活動に関する経済分析」プロジェクト
本論は、企業の役員の兼任と企業の新規上場(IPO)の確率との関係について実証分析を行っている。
IPOは、ベンチャー企業が資金を市場から集めることで、経営の規模を拡大し、一国の経済に影響を及ぼし得る存在への成長する機会である。全ての経営者がIPOを目指す訳ではないが、IPOについて分析することは、成功して経済全体にインパクトを与えうるベンチャー企業を生み出すという観点から意義深い。
本論に登場する「役員の兼任」とは、先行研究では"governing board interlocks"と呼ばれ、2つの企業の役員を兼任する人物を通して、2つの企業間の情報伝播を媒介する。本論では、日本全国の約81万社の企業データベースを用いて、表1のように、既に上場している企業との兼任が多いIT企業の方が、兼任が少ないIT企業に比べ、IPOを行う可能性が高いことを実証により明らかにした(表1モデルA)。また上場非上場を問わず、他の企業との兼任数が多い企業の方がIPOを行う可能性が高いことも示した(表1モデルB)。
変数 | モデルA | モデルB |
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売上げ(対数) | 0.24* (2.52) | 0.22* (2.32) |
資本金利益率 | -0.01 (-0.23) | -0.01 (-0.21) |
成長率 | 0.02* (2.11) | 0.02* (2.18) |
1次重み無し 上場企業兼任数 | 0.29* (2.14) | - - |
1次重み無し 上場非上場問わず他の企業との兼任数 | - - | 0.04* (2.19) |
設立年ダミー1 (設立後1-10年) | 1.60*** (3.98) | 1.61*** (4.00) |
設立年ダミー2 (設立後11-20年) | -0.19 (-0.34) | -0.15 (-0.27) |
設立年ダミー3 (設立後21-30年) | 0.87 (1.07) | 0.89 (1.09) |
定数項 | -9.65*** (-6.30) | -9.75*** (-6.31) |
尤度比統計量[P値] | 42.78 [.00] | 43.50 [.00] |
HL検定[P値] | 8.70 [.37] | 4.83 [.78] |
AIC | 513.72 | 513.00 |
本論の貢献は、学術的な観点からは、IPOの決定要因について市況、企業のライフステージ、IPOを好ましいと判断する姿勢や情報を得ていることの3つが指摘されているが、このうち3つ目の要因について役員の兼任のデータから実証できることを示したことにある。またgoverning board interlocksにより、これまでもさまざまな情報や企業戦略が伝播することが実証されてきたが、IPOについても情報が伝播することが明らかとなった。
実証分析を検証するための実務家へのインタビューでは、兼任数とIPO確率との関係は、IPO準備の一環として役員の「見栄え」を良くしようという企業戦略に起因しているとの指摘も受けた。本論では、この「見栄え」という役員の兼任が持つ側面についても分析結果を踏まえ議論している。
実務的には、IPOという急成長企業を早い段階で発見したいベンチャー企業支援政策当局やベンチャーキャピタル(VC)に対して貢献できる。株式公開前のベンチャー企業に関する資本構成等はほとんど非公開であり、入手可能な情報は限定されている。このような中で上記の政策当局やVCは、急成長企業の選抜や抽出に苦心している。しかし本論のような役員の兼任情報は、公開前の企業でもホームページ上で報告されている場合があり、入手可能性が高い情報である。このような情報からIPOの確率を計ることで、IPO確率の高い企業の発見を効率化することが期待できる。