執筆者 | 伊藤 亜聖 (東京大学) |
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研究プロジェクト | グローバルな市場環境と産業成長に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバルな市場環境と産業成長に関する研究」プロジェクト
1978年以来、中国経済の成長をけん引してきた製造業は、沿海部に集中する傾向を見せてきた(図1)。沿海に設置された経済特区に、香港・台湾企業を中心とする製造業が進出し、更に他の外資企業と地場民営企業が合流した。これにより、幅広い品目で、なおかつ膨大な工業製品を輸出する生産基地としての「世界の工場=中国」が形成された。ところが、図1からも見て取れるように、2000年代の後半以降に、沿海部への集中傾向は止まり、そして反転することとなる。この点について、中国国内では、沿海部から内陸部への産業移転が生じつつあり、その特徴は「国内版雁行形態」にあると指摘している。つまり労働集約的産業が、中国国内で沿海部から内陸に移転しつつある、という見方である。

実際に、産業別の沿海部の生産シェアを算出すると、労働集約的産業においてシェアの低下傾向が鮮明である。それでは、「沿海から内陸へ」というシナリオのみで、2010年代の中国産業の立地変化が理解可能なのであろうか。本稿では、省産業データを用いることで、産業立地の分散をもたらす要因のみならず、産業集積による効果も推計することで、このメカニズムを確認しようとした。その結果、沿海部では資本集約的産業の成長が高まる傾向がある一方で、中部地域では労働集約的産業の成長が高まるという、異なるメカニズムが存在していることが確認された。これは「国内版雁行形態」説を支持するものである。しかしながら、同時に、中国の産業集積地では、特に規模の大きな集積が、更に成長を遂げるという動態的な集積の効果も一部確認された。この意味で、2010年代の中国国内の産業立地の変化は、分散力のみならず、その集積力をも視野に入れた理解がなされるべきであろう。
こうした変化をもたらす要因として、Foxconnを筆頭とするEMSの動向と、地方政府の産業政策の効果も無視できない。河南省鄭州市、広西省南寧市、四川省成都市、そして重慶市といった内陸都市の輸出額は近年急増している。この変化をもたらした重要なファクターは、PCや携帯電話の製造を請け負うEMSの中国内陸への進出である。Foxconnの場合、深圳市の労賃高騰により、内陸への移転を開始した。鄭州市を例にとると、Foxconnの工場進出の結果、鄭州市自体の輸入構造が劇的に変化することとなった(図2)。Foxconnの進出によって、2010年から2012年にかけて、鄭州市は韓国と台湾からICを、ベトナムからカメラを、日本からマシニングセンターを輸入する構造へと、急激に変化したのである(それまではオーストラリアからの自然資源輸入がトップ品目であった)。これにより、それまで取引額の小さかった、「鄭州―韓国」「鄭州―ベトナム」、「鄭州―台湾」といった取引ネットワークが大幅に強化された。

このことは、中国国内の産業立地の調整が、アジア生産ネットワークの再調整にも大きな影響を与えつつあることを意味している。こうした取引ネットワークの変化は、企業のサプライチェーン・リスク管理の面からも重要な変化であろう。そして、中国のデータ分析と事例研究から示唆されるのは、中国が多様な工業製品の組み立てと生産の現場としての地位、換言すれば「世界の工場」の地位を、中国国内での産業立地の再編成を1つの要因として維持する可能性である(Spatial Reformation of the “Workshop of the World”)。中国沿海部での賃金上昇という大きな画期を経て、アジア生産ネットワークにどのような変化が生まれつつあるのだろうか。この点についての更なる分析は、より拡充された貿易データ、産業データを活用した分析をすることで、今後の課題としたい。