ノンテクニカルサマリー

東アジアにおけるサプライチェーンの国際化:包摂性とリスク

執筆者 藤田 昌久 (所長)/浜口 伸明 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 地域経済の復興と成長の戦略に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域経済の復興と成長の戦略に関する研究」プロジェクト

いわゆるグローバリゼーションは、情報・通信・輸送技術の格段の進歩と、多国的および地域・二国間の貿易自由化の進展により、モノ、カネ、情報が国際的に移動するコストを低下させた。そのような環境における生産活動は、原料調達に始まり消費者の手元に届くまでに何度も国境を超えるサプライチェーンを形成している。

これまで経営学では、企業収益最大化のためにサプライチェーンを最適化する経営手法を研究するサプライチェーン・マネージメント(SCM)の膨大な蓄積があるが、サプライチェーンの国際化は経済学にも重要な研究課題をいくつか提供している。

第1に、今日世界市場に輸出されている多くのハイテク製品の輸出国は労働集約的な発展途上国であるため、製品をベースに構築された従来の国際分業のパラダイムは見直しが必要であり、すでに国際機関を中心にサプライチェーンの中のタスクをベースにした貿易理論とデータ構築の試みが進められている。サプライチェーンを通じた中間財貿易は貿易総額を飛躍的に増大させ、地域化を強化する。また、国際的サプライチェーンではMade in …と表示された国に付加価値の大部分が帰属しているとは言えないことを考えると、貿易拡大が生産要素所得の国際格差に与える影響についても検討が必要である。

第2に、産業構造が多様な経済であれば、局所的な供給ショックが起こっても代替財の需要が高まって相殺されマクロ的にはほとんど影響がないとされていたが、サプライチェーンは国内的にも国際的にも影響を伝播し、局所的なショックがマクロ的影響を持つと考えられるようになっている。2011年の東日本大震災やタイで発生した大洪水の経験から我々はこのことを身をもって知った。

第3に、発展途上国にとって国際サプライチェーンに参加することは工業化に導く有利な条件となっているが、安価な労働力が枯渇すればそれ以上の発展が望めない「中所得国の罠」に陥ってしまう。中所得段階では低技能労働のタスクをより低い発展段階の国にむしろ積極的に移転し、技能のアップグレードによってサプライチェーンをステップアップする努力が必要とされる。

第4に、生産工程が複数のタスクに分割されて立地が分散し、国際サプライチェーンの物理的距離が延び、物流が複雑化する。その中で起こる産業立地の再配置が経済活動の空間構造を変容させる。知識集約的な本社機能は世界的に少数の地域に集中する。生産機能は、安い労働コストを利用して国際サプライチェーンに参入する多くの国に分散するが、これらの国々において産業集積が強化される。日本では、量産型工場が外国に流出した地方圏は雇用不足に悩まされているが、日本が国際的な供給源としての役割を強めている差別化された部品や素材の生産は地方圏に残っている。地方圏を国際サプライチェーンに組み込む発想が空洞化対策に不可欠であろう。

たとえば日本のスマートフォン・タブレット端末市場では日本メーカーの影は薄く米国アップル社の市場シェアが高いが、アップル製品のアセンブリーは中国で行われ、日本のメーカーはアップルのサプライヤーとして実に重要な役割を果たしている。このことはアップル社が自社ホームページで公開しているApple's Supplier List 2014に含まれている792事業所のうち、日本企業は最も多い276事業所を占めていることからもわかる。日本企業のアップル社サプライヤーは本社が東京あるいは京都・大阪に集中しているが、生産を行っている約半分の130事業所は国内で全国地方圏に分散し、140が東アジアに存在する。東アジアに立地する事業所のうち74が中国、66がその他東アジアに分かれ、各国の主要な産業集積地に立地している。この立地パターンは事業所を最終組立が行われる中国に集中させている台湾のサプライヤーのそれと異なる特徴を有している。メーカーの国籍や最終製造出荷地が日本でなくても、日本企業が日本の地方圏を基盤に構築する国際サプライチェーンが主要な役割を果たす製品が日本の消費者に支持され、かつ世界に大量に輸出されるのであれば日本経済への貢献は大きい。

アップル社サプライヤーの立地
本社国籍別事務所立地別
本社数アップル社に供給する事業所数本社本国東アジア欧州北米その他
中国その他
アメリカ452205271622078
日本432761307466420
台湾44138221122011
韓国124323172010
中国1625-250000
シンガポール9242191011
香港8200200000
その他1446101111941
事業所立地国計239349144331611
(出所)Apple社Supplier List 2014に基づいて筆者作成。

すでに述べたように、国際サプライチェーンの発展は、企業が生産をより効率的に行い収益性を高めるのみならず、これまで発展が遅れていた発展途上国に工業化の機会を与え、日本の地域圏にも空洞化の歯止めにつながる包摂的(Inclusive)なグローバリゼーションといえるかもしれない。しかし、サプライチェーンは局所的ショックの伝播ルートにもなり、各地域の経済の不安定性(Vulnerability)を高めるデメリットがあることを認めなければならない。

不安定性をもたらす原因の1つは、SCM研究で深く分析されているブルウィップ効果(bullwhip effect)である。これは最終需要における需要の確率的変動がサプライチェーンを遡上するにつれて増幅されるというもので、鞭(whip)を持ち手で小さく振り下ろすと端が大きく波打つことに準えている。

もう1つの原因は、大規模災害などに起因する予期せぬ局所的寸断がサプライチェーン全体の機能を止めてしまうことである。本研究で行った分析によれば、東アジアのサプライチェーンは貿易額の安定性について電機産業では欧州と違いがみられないが、自動車産業では東アジアでより安定しており、また東日本大震災やタイの大洪水から短期に回復する復元力があることも確認された。国際サプライチェーンのメリットを享受しつつ不安定性を抑制するためにどのような対策が有効かを検討することは今後の研究課題である。