ノンテクニカルサマリー

地域間人口移動、移動費用と競争サーチ

執筆者 川田 恵介 (広島大学)
中島 賢太郎 (東北大学)
佐藤 泰裕 (大阪大学)
研究プロジェクト 地域の経済成長に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域の経済成長に関する空間経済分析」プロジェクト

日本では毎年200万人を越える人々が都道府県の間を移動している。こうした都道府県間人口移動の多くが就職・転職(およびそれを前提にした進学)に関わるものであることが知られている。地域間移動には、一般に、引越費用・家の契約に関わる費用・地域のネットワークを再構築する心理的費用など、さまざまな費用が伴うが、もし移動が雇用形成に関係しているのであれば、移動費用は雇用形成を妨げる要因となることが考えられる。こうした可能性を分析するために、本研究では、次の図に表現されているような、複数地域とその間での人口移動、そして移動費用を含む競争サーチモデルを構築した。

複数地域とその間での人口移動、移動費用を含む競争サーチモデル

このモデルの特徴は、求職者が複数の地域で職を探すことが可能であるが、今自分のいる地域以外で就職する際には、移動費用を支払ってその地域へ移動する必要がある、という点である。また、本研究では、競争サーチモデルを基本にしているが、そのモデルは、移動費用が無ければ、均衡が効率的であることが知られているため、そこに移動費用を導入することで、移動費用が非効率性を引き起こすかどうかを調べることができる。

こうしたモデルを構築した上で、均衡における人口移動のパターンとその性質を解析し、移動費用や生産性などへのショックが、人口移動を通じて他地域へと波及していくことを明らかにした。特に、生産性の高い地域と低い地域との間の移動費用が下がった場合、生産性の低い地域から高い地域への就職による移動が増える一方で、他の地域への就職による移動、および低い地域内での就職が減るために、低い地域での失業率が高くなってしまう、いわゆる、ストロー効果に近い現象が生じうることを明らかにした。このことは、雇用状況の悪化に苦しむ地域に有効な政策を考える際に、この論文で構築した枠組みが有用である可能性を示している。

さらに、均衡における人口移動のパターンが、移動費用があると非効率になることを示した。特に、東京のように生産性の高い地域への人口移動が過少になることが分った。このことは、移動費用が、単なる費用であるだけでなく、資源配分を歪めるという意味でも社会厚生を悪化させる要因であることを示している。

最後に、移動費用の効果を定量的に分析するために、このモデルを、日本の都道府県データに当てはめてカリブレーションを行い、移動費用低下の効果を分析した。ここでは、移動費用が1%低下した場合と、移動費用が完全に無くなった場合という2つのシナリオを考えた。その結果の程度を測るために、全国で一律に生産性が上昇したというシナリオとの比較を行った。その結果、移動費用の1%低下は全国一律の生産性1%上昇の3割程度の効果が、移動費用が完全になくなることは、全国一律に生産性が30%上昇するのに匹敵する効果があり、無視できない規模であることが分った。この結果は、遠方における就職時の金銭的支援政策や、家探しの援助、そして、交通ネットワークの整備といった、地域間の移動を援助する政策が社会厚生の改善に極めて有効である可能性を示している。