執筆者 | 小森谷 徳純 (中央大学) |
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研究プロジェクト | 通商協定の経済学的分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「通商協定の経済学的分析」プロジェクト
2014年現在、日本が締結している12カ国1地域との経済連携協定(Economic Partnership Agreement, EPA)には貿易分野(いわゆる貿易自由化)だけでなく、その他の沢山の分野が含まれている。外務省より提供されている『我が国の経済連携の取組(http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000037892.pdf)』の「これまでの我が国が締結したEPAに含まれる分野」では、税関手続、SPS/TBT、相互承認、電子商取引、サービスの貿易、自然人の移動、投資、政府調達、知的財産、競争、ビジネス環境の整備、協力、そしてエネルギー・鉱物資源の13分野が主なものとして挙げられ、各EPAにどの分野が含まれているのかが一覧にまとめられている。ところで、そもそもこれら貿易以外の分野は、貿易分野にどのような影響を及ぼしているのか。たとえば貿易以外の分野の存在によって貿易自由化は促進されているのだろうか。本稿では貿易以外の分野として9つのEPAに含まれている自然人の移動を取り上げてこの問題を考える。
表からは貿易自由化の促進(本稿では非関税障壁の削減)は自国と外国の経済厚生をともに改善することがわかるが、自国の中をみると自国企業の利潤が減少していることもわかる。つまり、この状況において自国企業は貿易自由化に強く反対することが想定され、その実施には困難が伴う。しかし同時に(短期商用目的での)人の移動の円滑化も実施する(広い意味での旅費の低下がもたらされる)と、自国と外国の経済厚生の増加だけでなく、自国企業も利潤を増加させることが読み取れる。つまり単独では実現不可能な貿易自由化も、貿易以外の分野としての自然人の移動の円滑化を伴うことで実現可能であることがここに示されている。もちろん自国内の所得移転により問題を解決することも考えられるが、そのような所得移転が困難であることも多い。
なお本稿では自国企業と外国企業とが自国市場において複占競争を行っているが、自国企業は外国が持つ生産要素の優位性を利用するために、生産工程の一定割合を直接投資によって外国で生産している状況を考えている。このような状況では、貿易自由化は消費者にとっては常に望ましいが、企業にとっての影響は非常に複雑になる。輸入国である自国企業の利潤が減少し、外国企業の利潤が増加するケースだけでなく、逆に外国企業の利潤が減少し、自国企業の利潤が増加するケース、両企業の利潤が増加するケース、そして両企業の利潤が減少するケースまで存在する。これは自国企業の海外生産水準が本稿では内生的に決定されることによる。
①自国企業の生産量 | ②自国企業の利潤 | ③外国企業の生産量 | ④外国企業の利潤(= 外国の経済厚生) | ⑤自国の経済厚生(= ②+消費者余剰) | ⑥自国企業の海外生産の程度 | |
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初期値 | 1.1189 | 2.4242 | 1.3156 | 3.4615 | 8.3506 | 21.31% |
貿易自由化(40%の非関税障壁削減)を行った場合 | 1.1332 | 2.3042 | 1.4084 | 3.9671 | 8.7640 | 38.85% |
人の移動の円滑化(40%の旅費削減)を行った場合 | 1.1439 | 2.4784 | 1.3031 | 3.3960 | 8.4658 | 36.31% |
2つの政策を同時実施した場合 | 1.2270 | 2.4949 | 1.3615 | 3.7073 | 9.1953 | 70.12% |
注:表中の数値は、たとえば自国企業の生産量の初期値が1.1189であるとき、2つの政策を同時に実施すると生産量が1.2270に増加(約9.7%増)する、という意味である。 |