ノンテクニカルサマリー

サプライチェーン断絶の影響:東日本大震災における推定

執筆者 Vasco M. CARVALHO (University of Cambridge, CREi, and Barcelona GES)
楡井 誠 (一橋大学)
齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク」プロジェクト

本稿は、サプライチェーンを通じてショックが企業間を伝播する効果を定量的に推定した。本稿の特色は「差の差」推定法による伝播効果の識別にある。我々はまず、東日本大震災の津波による浸水地域の経緯度データを企業所在地データと組み合わせて、浸水地域に立地する企業を特定し、さらにそれらのうち震災後1年以内に退出したと推測される企業を特定した。これら浸水地企業や浸水地退出企業は、サプライチェーンネットワーク上の負の外生的ショックの発生地点とみなされる。次に企業間取引データを用いて、浸水地企業と取引関係にあった企業を識別した。これら取引企業を、サプライチェーンにおいて浸水地退出企業から1次の取引距離にある企業と定義する。同様に、1次の企業と取引関係にある企業を2次企業、さらに2次企業と取引するものを3次企業とする。決算月を12月とする企業のみを選び、震災後期間を含む2011年度の売り上げと、震災後期間を含まない2010年度の売り上げの対数差分をとり、浸水地企業とのネットワーク上の距離に回帰した結果が次の表である。

推定式1 推定式2 推定式3 推定式4 推定式5 推定式6
1次(川下) -0.201** -0.204*** -0.210***
2次(川下) -0.0149*** -0.0181***
3次(川下) -0.00556***
1次(川上) -0.0610*** -0.0575*** -0.0417**
2次(川上) 0.0129*** 0.0211***
3次(川上) 0.0145***
前年成長率 -0.128*** -0.128*** -0.128*** -0.128*** -0.128*** -0.128***
取引企業数 0.0221*** 0.0227*** 0.0238*** 0.0221*** 0.0215*** 0.0187***
定数 -0.0284*** -0.0291*** -0.0294*** -0.0283*** -0.0276*** -0.0257***
観測数 88246 88246 88246 88246 88246 88246
注)**、***は推定値がそれぞれ5%、1%水準で統計的に有意であることを示す。

推定結果によれば、浸水地退出企業から生産要素の供給を直接受けていた1次川下企業は、震災後20%ほど売り上げを減少させた。この負の効果は2次・3次の川下企業まで統計的有意に観察されている。一方、浸水地退出企業を販路としていた1次川上企業の負の効果は5%前後であり、2次・3次川上企業にはむしろ正の効果が観察された。同様の推計を、浸水地企業全てをショック発生源として行ったところ、1次川上企業に3%ほどの売上減少が見られた。一般に、企業取引ネットワークはつながりが稠密であり、発生源が小規模であっても2次・3次のつながりをもつ企業数は急速に拡大することが知られている。そのことと考え合わせれば、上記推定結果は調達の途絶がマクロ経済へのインパクトを持ちうることを示唆している。

本稿で用いた推計手法は「差の差」の推定法(Difference-in-differences; DID)と呼ばれる。外生的なショックが起きた前後のパフォーマンスの差について、ショックを受けたグループ(実験群)と受けなかったグループ(対照群)の平均差をとることで、ショックのパフォーマンスへの効果を測定する。差の差推定法は、政策効果検証を中心に急速に普及しつつある実証手法である(他の手法との比較も含め川口(2008)が平易で詳しい)。本稿においては、実験群は浸水地退出企業と3次以内のつながりをもつ企業であり、対照群はそのつながりをもたない企業である。実験群・対照群ともに被災県外に所在する企業に限定しているので、被災企業との直接間接の取引の有無以外には、とりたてて異なるところのない2つの群であるといえる。2つの群のショック前後の「差の差」を、産業や立地といった他変数の効果を制御しながら推定することにより、理論化による恣意性を極力排除しながら信頼性の高い推定結果を得ようとするのがこの手法の眼目である。本稿の推定結果自体は、被災企業の観察数の少なさに由来する限界を持ち、さらなる精査が必要である。しかしその推定手法は、サプライチェーン上の企業の複雑な相互依存性を定量的に解析し、政策策定上信頼を置くことのできる推定値を得る上で、大きな意義を持ちうる。

参照文献

  • 川口大司「労働政策評価の計量経済学」『日本労働研究雑誌』No. 579, pp. 16-28 (2008年10月号)